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カエルの王子様と私  作者: 合歓 音子
目覚めたらカエル編
2/7

銀の王子と銀のカエル

ああ。生き返る。



兄が魔法で出してくれた銀製のコップの中でのんびりと水に浸かった私は、兄に連れられて王宮の長い廊下を進んでいた。


殿下に合わせる、という兄の言葉が本当であれば、行き着く先は殿下の部屋だろう。


いくら第百八子で継承権がないとはいえ、王族である殿下の部屋に直接出向いて、会ってもらえるはずもなければ、部屋の場所すら知らされないのが普通だが、殿下は兄の直属の上司であり、兄が心酔する主でもある。

部屋の場所など当然知っているし、仲介を立てなくても、王子に直接お会い出来る立場にいる。


殿下と兄の密着し過ぎた主従関係は王宮内では有名だ。

殿下の常軌を逸した女性嫌悪、加えて兄への度を越した重用から、兄は殿下の非公式の愛人である、と王宮内において誠しやかに囁かれている。

その噂の真偽は別としても、殿下は兄の扱いに長けており、変人で天才と名高い兄を上手くコントロールし、手足として扱える数少ない人間だった。


魔術師としては破格の才能と実力を持つ兄。陛下の数多あまたいるお子様達の中でもさほど強い権力を持たない殿下が、兄を独占して使役出来るのはそういった事情からである。


ちなみに陛下の御子息息女は公になっているだけでも298名。非公認を含めると500名を超えるという。

他国でも類を見ない多さ。

常人ならば、一人でこれだけの人数の子供を作るなど不可能だ。

しかし陛下には、毎日子作りし続けられる無尽蔵の体力を得る魔法と、生まれてくる子供は皆、三つ子という子だくさんの魔法がかけられている。

また後宮には100人超の側室、貴族や市井にも愛人が数え切れないほどいらっしゃるとか。


陛下は常軌を逸した女性好き、ではなく、これは王妃殿下の外交戦略の一貫である。

子作りで忙しい陛下に代わり、王妃殿下が全ての政治の実権を握っていた。


面積が狭く、軍事力もなく、豊富な資源をほとんど持たない我が国アヴェラントは、沢山いる王子・王女を他国の王族や有力貴族に婿入り、嫁入りさせて友好関係を結び、他国から攻め込まれないような独自の外交戦略を繰り広げている。



このなりふり構わない戦略を他国の人間は''子作り外交"と揶揄したが、他国に侵略支配され、たくさんの国民が虐げられたり、戦争に次ぐ戦争で国民の命も物資も財政も乏しくなるよりずっといい。



規則的な揺れが止まり、思考の海に沈んでいた私は顔を上げた。

扉に刻まれた金蓮花キンレンカのレリーフが目に入る。

金蓮花はアヴェラント王家の紋章。この紋章を用いることが出来るのは王族だけだ。


つまりここは目的地である殿下の部屋だろう。

身なりを整えようと我が身を見下ろした私は、自分がカエルの姿だったことを思い出してため息をついた。


「ラナ、緊張してるのかい? 大丈夫。我が敬愛する主は慈悲ぶかいお方だ。殿下のためにカエルにまでなったラナを無碍にはするまいよ」


無碍にしてくれて結構。好きでカエルの姿に身をやつしたわけではない。

ついでに殿下に嫌われて婚約候補云々の話もなかったことにして頂きたいものだ。


護衛の兵士が兄に向かって敬礼し、扉を開いてくれた。

兄は当たり前のような顔をして、私の入った銀の鳥かごを手に堂々と殿下の私室に足を踏み入れる。


顔パスだ。持ち物を検分することもしない。

いくら継承権を持たないとはいえ、仮にも王族の私室である。警戒心がなさ過ぎるのではないか。


「ちょっと警護が甘いんじゃない。兄さんに化けた魔術師かなんかに侵入されたらどうするの?」


「ここには僕の張り巡らした強力な結界がある。殿下に危害を加えようとすると、魔法が発動して、死なない程度に攻撃した後、魔力の網で敵を捕縛するようになっているんだ。だから心配はいらないんだよ」


ラナは優しいね、と兄に褒められた。申し訳ないが殿下の身の安全は全く心配はしてない。

私が心配なのは、人間の姿に戻れるか否か。それだけだ。





「わぁ! 素敵」


中を見渡した私は思わず感嘆の声を上げた。


精緻なレリーフが施された白い壁に白い暖炉。白いカーテン。

白を基調とした部屋に、銀色のテーブルとソファ、シャンデリアが上品な輝きを添えている。

暖炉の上の大きな鏡を縁取るレリーフも見事な銀細工だ。


出来れば私もこういう部屋に住んでみたい。


「殿下と結婚したら同じような部屋に住まわせてもらえるよ」

「だから人の心を読むのやめてって言っているでしょう」


部屋の奥にある小さな机にこちらに背を向けて座っている男性がいる。

鮮やかな青の上衣アビを纏ったその男性が立ち上がり、ゆっくりとこちらを向いた。


銀色の髪、アビに負けないぐらい綺麗な青の瞳。兄の美貌を太陽に例えるならば、この男性は月だろう。

年齢的には青年期に差し掛かっているが、神話の神に愛されて拉致されたという美少年に似た甘さを残した顔立ち、どこか憂いを含んだ眼差しに目元の泣きぼくろと薄い唇がえも言われぬ色香を醸し出している。


兄の美貌に見慣れているはずが、不覚にも一瞬見惚れてしまった。


この人間離れした魔性とも言えるべき美貌。アビを美しく縁取る金蓮花の刺繍。

間違いない。

彼は我が国の第百八王子。リュヌ・アルゲントゥム・アヴェラント殿下だ。


「我が親愛なるリュヌ殿下。ご機嫌いかがですか? 」

「ソレイユ。その鳥かごはなに?」

「殿下の未来の妻になるべき女性カエルをお連れしました。きっとご満足頂けることと思います」


頭を振って殿下の魔性の魅力から逃れた私は、コップから飛び出し、鳥かごの中で平伏した。


「お初にお目にかかります。わたくしはラナ・ロセウム・フォル………むぐっ」


突然、口の中に大量の水を詰め込まれた私はその重さに耐えかねてひっくり返った。


"殿下は人間の女性にはかなりの嫌悪感を抱いていらっしゃる。

だからしばらくはラナが人間で僕の妹だということを黙っていてもらうよ"


兄が私を見下ろしながら、声に出さずに直接心に話しかけてくる。


"そう言われて私が大人しく口を噤んでいると思う? すぐに正体をばらしてやるわ"


私は炎のような怒りの思念を兄にぶつけた。


"うん。ラナならそう言うと思ったから、もう一つ魔法をかけたよ。君が真実を口に出来ない魔法をね"


私の激しい怒りを受け流し、涼しい顔をして心話で語りかけてくる兄を睨みつけながら、反射的に口の中の水をごくごくと飲み込む。



しまった。これは罠だ。

飲み込んだ直後、兄の真意に気付いて水を吐き出そうとしたが、後の祭り。

やけに甘ったるい味と香りに頭がくらくらして………私はあっという間に意識を手放した。






目覚めた時、真っ先に目に飛び込んできたのは銀色のシルエットだった。


「あれ………ここは」


目覚めたてのぼんやりした頭を振りながら起き上がると、真近で私を覗き込んでいた銀色のものが、大きく跳ねて離れた。


「銀色のカエル?」


それは世にも珍しい銀色のカエルだった。カエルを溺愛している殿下の愛玩動物だろうか。

カエルは何も喋らない。黙ったまま、じっとこちらの様子をうかがっている。


私たちが入れられているのは、ガラス張りの深い水槽の中で、水槽の底には水の代わりに湿った土が敷き詰められ、水を張った皿と草が植えられた植木鉢が置いてある。


あのカエルとは、しばらく ー 恐らく私が人間の姿に戻れるまで ー 同居することになるだろう。

兄の話によると、今の私にはカエルの言葉も理解出来るという。

私は思い切って銀のカエルに話かけてみた。


「はじめまして。私はラナ。あなたは殿下のペッ………お友達?」


さすがに本人カエルに向かってペットと言うのは憚られて、言い直したが、カエルは無反応だった。

やがて興味を無くしたのか、こちらにプイと背を向けて、植木鉢の茂みの中に姿を隠してしまった。


人見知りならぬカエル見知りをしているのか、こちらに敵意を抱いているのか、関心がないだけなのか。


殿下のこともそうだが、こちらも前途多難そうだ。



身体がまた乾いてきたので、皿に飛び込んで水に浸かりつつ、私は今後を憂い、ため息を吐いたのだった。





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