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おまけ・4話その後

ものすごく間があいてしまいましたが、こっそり追加。

蘇芳は、目覚める前の浅いまどろみの中にいた。

なんだか、とても満ち足りた気分だ。まだ目覚めたくない。

心地よい枕、柔らかいソファ。どうやら、ソファで寝てしまったらしい。そして、なんだかいい匂いがする。

その正体を知りたくなって、重たいまぶたをそっと開いてみる。


・・・と、目に入ったのは。


「うわ!」


あまりにびっくりして、横になっていたソファから床に転がり落ちてしまった。落ちた拍子に、肘と腰をぶつけてしまったが、それどころではない。

いい匂いのする枕の正体に、自分がソファで眠りこける前の出来事を思い出したのだ。

「あ、目が覚めた?」

そういってにっこりと笑ったのは、夏世。ちょっとだけ、ほっぺたが赤い。

そうだ。「何かお礼がしたい」と言ってくれた夏世に、ほんのちょっとだけ膝枕をしてもらって、そのままあまりの心地よさにすとん、と寝入ってしまったのだ。

蘇芳は、自分の失態に声も出ない。きょろきょろと部屋を見回して、ふと時計が目に入った。

8時をちょっと回っている。

「・・・8時?!」

確か、自分が帰宅したのは午後4時過ぎ。家に来ていた夏世と会って、そのまま眠りこけたとしたら、4時間近く眠っていた勘定になる。

「・・・えと、よく寝てたから起こさなかったけど、起こしたほうがよかった?」

「あ、いや、そうじゃなくて・・・なんていうか・・・」

失態というより大失態だ。ショックで、二の句が告げない。

蘇芳は、へたりこんでいた床から立ち上がって、さっきまで寝ていたソファに座りなおした。

「その、・・・ごめん。井原さん、怒ってます?」

おそるおそる夏世の顔をうかがう。

「ちょびっとね」

夏世は、そう肯定したが、怒っているというよりすねているような表情だ。すぐに視線をずらし、自分がよっかかっていた大きなクッションについている金色の房をよじよじといじっている。

「・・・だってさ、言うだけ言って、返事も聞かないで寝ちゃったから・・・」

消え入るような小さな声。顔は真っ赤だ。

一方の蘇芳は、さあっと血の気が引いていった。

(・・・・・!声に出してた?!)

眠りに落ちる直前、相当夢うつつだった瞬間にぽろりとしてしまった告白。夢の中のことだと思っていたのに。

血の気の引いた顔からは、火花が出そうだ。

はっきりいって、穴があったら入りたい。

でも、そんな蘇芳が4時間も眠っている間、夏世はずっと膝枕をしていてくれた。

じいんと感動してしまう。

「ごめんね、足、痛くなかったですか?退屈だったでしょ、こんな長い時間・・・あれ?」

ふと見ると、ソファの右端に座っている夏世のさらに右に、いつもはないはずの小さなワゴンが置いてあり、コーヒーカップとポットが置いてある。一緒においてあるのは、雑誌や新聞。

(まさか・・・)

その意味するところを考えたくなくて固まっていると、蘇芳の視線を追ってそちらを見て、夏世もワゴンに気がつく。

「あ、あれね?その・・・執事さんが、私が退屈だろうからって・・・」

蘇芳は、ソファの背もたれに突っ伏してしまった。つまり、自分が女の子の膝枕で熟睡しているところを、家人にばっちり目撃されてしまったわけだ。ばつが悪いなんてものじゃない。はっきりいって、ダメージがでかい。

「蘇芳?」

「・・・・ごめん、立ち直るまでちょっと待って」

こんなところを拓海や一平に見られたら、大爆笑されているところだろう。執事の駿河はいつも穏やかでそれほどおしゃべりなわけではないが、こんな長時間客が帰らなかったり、一人分だけコーヒーをいれたり、どう考えても家中がいろんな邪推をしていてもおかしくない状況だ。

大きくため息をついたところで、隣で夏世がくすくす笑い出した。

「蘇芳でもこんなことあるんだな~」

「そりゃ、僕だって人間ですから」

「でもね、うれしかったんだよ、私。」

「え?」

「だって、疲れてたんだろうけど、あんなに熟睡しちゃうんだもん、気を許してくれてるんだな、って・・・」

言って、夏世はまたうつむいて、クッションの房をよじよじしている。

「・・・井原さん」

「あのね、さっきはちゃんと名前で呼んだでしょ?逆戻りしないでよ」

これまた消え入るような声で夏世がつぶやく。

そんな夏世の純な面をみているうちに、今まであたふたしていた気持ちがすうっと遠くへ引いていってしまい、夏世への気持ちが蘇芳の中を占領してしまう。

どうしても、気持ちを言葉にしなければいられない衝動に襲われる。

「・・・・・・・・夏世」

呼ばれた夏世の指がぴくっと動く。その手を左側からずっと大きな手が伸びてきて、そっと握る。ちょっと冷たくて、でも優しい手。

「夏世、好きだよ。いじっぱりで、肩肘張ってるけど、友達思いで、涙もろくて、さびしがりや。・・・そんなところも、全部ひっくるめて、離したくない」

蘇芳は夏世の目をじっと見つめて、やさしく微笑む。

夏世も、そんな蘇芳を真正面から見つめ、瞳は喜びにうっとりと潤んでいる。

「蘇芳・・・私も・・・その・・・一緒にいたい」

夏世の手を握っているのとは別のほうの手で、夏世の顔にかかっている長い髪にそっと指を差し入れ、夏世の頬を包むように触れる。

「・・・蘇芳が好き」

「夏世・・・」

身じろぎして蘇芳が夏世の側により、体温も吐息も感じられるほどに寄り添う。夏世は自然に瞼を閉じた。まるで、そうあるべきであったかのように。ゆっくりと頬に添えられた手で引き寄せられ、蘇芳の顔が近づいてくるのがわかる。


・・・と。


こん、こん


丁寧なノックの音に、二人とも我にかえる。がばっと離れて、お互い反対を向く。

「は、はい」

ちょっと上ずった声を隠そうと努力しながら蘇芳が返事をし、夏世は思わずワゴンの上の雑誌を手にとって、顔を隠すように読むふりをする。二人とも、心臓がばくばくいっている。

部屋の扉が開き、戸口に現れた執事の駿河が「失礼いたします」と一礼してから、おやっと一瞬眉毛をぴくりとあげて、でもすぐに何もなかったように静かに部屋に入り、扉を閉めた。

「蘇芳さま、お目覚めでしたか。井原様にお食事をと思ったのですが、よろしかったらダイニングルームのほうにご一緒にご用意いたしましょうか」

「うん、頼むよ」

「かしこまりました。では、すぐにご用意いたします。準備ができましたら、またお呼びにあがります」

一礼して、入ってきたときと同じように静かに部屋を出て行った。

取り残された二人は、固まったまま動けない。

部屋の外からばたばたと足音がして、一平の声がしている。

「駿河さ~ん、蘇芳は?」

「お目覚めになったようでございますよ。井原様とご一緒にこれから夕食にしましょうかと」

「ほんと?俺、ちょっと行ってくる」

「一平様、今はお邪魔しちゃいけませんよ。あとで、お二人が夕食を召し上がるときに、ダイニングルームにいらっしゃいませ」

「えー、つまんないの。ま、いいか。そうするよ」

ぱたぱたと走り去る一平の軽い足音と、一連のくぐもって聞こえる会話に、ますます赤面して固まってしまう蘇芳と夏世だった。


そして、これは誰も知らないことだが、駿河は一平が自室に引き上げて行った後、小さな頃からずっと成長をみてきた蘇芳が初めて彼女を連れてきたことがうれしくて1・2歩ステップを踏んでしまい、あわててひとつ咳払いをしてからいつものとおりの落ち着き払った様子で廊下を歩き去っていった。


最後の駿河さんのステップが、どうしても載せたくて・・・


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