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その1

「二人っきりになりたいんだ」


男はそういうと、目の前の少女の髪に触れた。

少女は見るからにおとなしそうな高校生くらいの女の子。柔らかそうなくせのある黒髪を、あごの線辺りで切りそろえている。男は、大学生くらいだろうか、アイドルのようなやさしげな容貌が印象的だ。


「え、でも……」


少女の頬は恥じらいに紅く染まっている。


「かわいいよ」


少女に迷う隙を与えないよう男の顔が少女に近づき、少女は目を閉じた。甘やかな感触に頭の芯まで蕩けてしまいそうだ。

男に促されるまま、少女は繁華街の奥へ消えていった。







夜の繁華街。

安っぽいネオンがぎらぎらと存在を主張し、人々の欲望が町の経済を成り立たせている。

グループで呑みに来ている若者、人目を憚らずべたべたしているカップル、あまりお近づきになりたくないような強面の男や派手な服装のホスト。

人々の行きかう道はそうでもないが、一本外れた裏通りには、無遠慮に散らばされたごみや吸殻が散乱し、アスファルトには飲み物をこぼした痕がべったりと残っている。

表通りの喧騒とは違い、ほこりっぽく静かな道。

そこを、かつかつと鋭い靴音が響く。

()()は長い黒髪をなびかせ、走っていた。

スレンダーな肢体に黒のミニのワンピースとロングカーディガン、長いネックレスを3重にかけ、高いヒールを履いている。ファッションはオトナっぽいが、顔つきはよく見ると少し幼さが残る。

路地裏を全速力で駆け抜け、繁華街の中心からはずれた大通りに抜け出た。後ろから追ってくるものがいないか確かめるように振り返りーーーー


どすん!


そこで、誰かにぶつかった。


「あいたっ!」

「うわ!」


彼女の足が止まった。ぶつかった相手を見ると、背の高い白人男性だ。

20代くらいだろうか。彫りの深い顔立ち、プラチナブロンドの髪。メガネの奥の瞳は、湖を写し取ったようなアイスブルー。

繁華街にはちょっと不似合いなような、綿のスラックスに麻のジャケットを着ている。

「ごめん、外人さん!ちょっとかくまって!」

彼女は思わず言ってから、

「あ、日本語わからないか?」

と、躊躇した。

「大丈夫、日本語しゃべれますよ」

男はにっこりと微笑んだ。そこへ。

「見つけたぞ!まて!」

夏世の出てきた路地から声がして、いかにも柄のよくなさそうないかつい男が駆け出してきた。そして夏世をみるなり

「このアマ!」

とつかみかかろうと飛び掛ってきた。

「!!」

とっさに夏世は体を硬くした。・・・・・しかし。

「あ?ありゃ?」

追ってきた男は、突然動きを止めた。

「なんでえ、人違いだ。」

と拳をとめ、

「わりいな、兄ちゃんたち、邪魔しちまったみてえだな。」

そのまま男は夜の闇に走り去っていってしまった。

夏世は呆気にとられている。

確かにあのチンピラは自分を追っていた。なのに、どうしたことだろう?

つい、夏世はきいてしまった。

「・・・外人さん、何かしたの?」

「え?」

「だってさ、あたし、今のチンピラにばっちり顔みられて追っかけられてたのに。おかしいじゃん」

言ってから、はっとした。どうして、そんな風に思ったんだろう?

(こりゃ、ばかにされるかな)

しかし、男はまじめくさった顔でかけているメガネの位置をついっとなおして夏世の目を見た。

「そうですか・・・じゃ、白状します。実はね、超能力で今の人の記憶を操作したんですよ」


・・・・・・・・・・・・・


なんだ?この人。

ちょっとおかしいんじゃない?

「そ・・・そうなの。んじゃ、さいなら」

夏世は聞かなかったことにして、そこで彼と別れて、追っ手が向かったのとは逆の方向へ去っていった。

あとには、男が一人で残った。

彼は、くすり、と笑ってその背中をみていた。

そのとき。

蘇芳(すおう)!!」

子供の声がした。彼------蘇芳が振り返ると、デイパックをしょった小学6年くらいの男の子が立っていた。

「な~にやってんだよ!俺、ずっと待ってたんだぞ!!」

「一平・・・」

はっと思い出した。そういえば、自分はクラスメイトの家に遊びに行った一平を迎えに来たのではなかったか?

「悪い・・・実は今な」

「見てたよ」

むくれた顔をして一平は近づいてきた。

「でも、あの女の人がどーしたんだよ。蘇芳、やけにからんでたじゃん」

一平も、夏世の去っていったほうをちらりと見る。向こうのほうの交差点を流れていくヘッドライトの光がせわしなく見えるが、もう人影はない。

「一平、気がつかなかったか?」

「え?」

「多分、彼女、僕たちの同類だよ・・・確証はないけど」

一瞬、きょとんとする。

「え?え!えええええ!!」

いままでお互い以外の『同類』に会ったことのなかった一平は、心底驚く。正直、蘇芳とてそうなのだ。顔には出さないが、心の底ではかなり驚いている。

だから、あんなふうに関わったりしたのだが。

「へえ~・・・そうなんだ・・・あれ?」

一平が、何かを拾い上げた。手帳だ。

「落し物だ」

ほら、と蘇芳によこす。

手帳はどうやら彼女のものらしい。生徒手帳だ。名前がかいてある。


井原(いはら)()() 1年B組 23番』


手帳は、都内の有名私立進学校のものだ。学校自体のレベルも高いが、授業料も高いことで知られている。

「へえ・・・あんなんで、成績いいんだ。で、蘇芳はどうするつもり?」

学校について、前者のうわさは知っていても後者のうわさを知らない一平が、手帳を覗き込んで聞いた。蘇芳は、手帳をぴらぴらさせながら首をかしげた。

「さて・・・どうするかなあ・・・」


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