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午前十時  作者: 一澄
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午前十時


 翌日が平日だと気分が重いから、日曜日よりも土曜日が好きだと言っていた高校の時の友達の言葉を思い出した。名前も顔も曖昧で殆ど覚えていない。ただ、それは、毎日が日曜日のような生活を送っている私にはもう持ち合わせていない土曜日の理由だった。それだけを今、寝転がったベッドの上で思い出した。

 いつか私も、日曜日を嫌いになれるだろうか。だらだらと追いかけている漫画の更新が月曜日の午前零時なので、今の所、私は土曜日より日曜日が好きだ。


 日曜日が、翌日から始まる一週間を待つべき日なのか、漫画の更新を待つべき日なのか、どちらが正しいのかはわからなかった。多分、これからも私にそれがわかることはない。



 いつか人は死ぬのだな、と思う。私の場合なら、考えうる死因は鬱による自殺か、と心の中で唱えたものの、やはり自分のような人間は自死する勇気もなく自堕落に生きていくのがセオリーだった、と思い直した。大体、自死するほど悩んだ人間はこんなところでぼんやりと天井を見ない。彼らは今頃駅のホームの電光掲示板を見ながら、巻き込む人数と自分の苦しみからの解放を天秤にかけ、一歩の重みを考えて迷っている。

 生憎私の視界には天井だけが映っていた。白い壁紙が微かに剥がれている。それを直そうと思う気力は勿論なかった。


 スマホの触りすぎで手が痛かった。一日のスクリーンタイムが平均十二時間を超えてから半年くらい経った気がする。保護フィルムを変えたら少しこの指先の痛みは治るだろうか、と思った。画面から目を離そうとする意思はなく、代わりに家電量販店の割引クーポンを持っていた事を思い出した。財布に入れたままなのか、何かの拍子で燃えるゴミに入れたか、はたまたどこかの書類に挟まっているのかはわからないが、きっとどこかにあるだろう。ただし、きっとどこかにある、という言葉は私の生活においては「ある」を意味しない。息を吐いて、布団を引っ張った。肩が寒かった。


 八畳の部屋は雑然としていて、ベッドから落ちそうな端でぬいぐるみたちが横たわっている。私が触ることでそれらが少しずつ汚れていくのが寂しかった。だから、抱き枕として使うことは無く、ベッドの隅に追いやられている。それがぬいぐるみにとって良い事なのかはわからない。わからないが、汚れてカビの生えたねこが、しかし少しでも綺麗なままでいて欲しいと思う。これが良い感情だとは一切思わないが、私に出来ることはそれだけだった。汚れるのを嫌うくせに何も手入れをしない私の所で横たわるより、こまめな洗濯をして可愛がってくれる人の所で生きる方がぬいぐるみにとってもきっと良い。それはわかっていたけれど、十年以上ベッドの端で眠るねこを手放すことは出来なかった。


 午前十時。


 背もたれを倒し切った椅子に座りなおすのも億劫で、ベッドに入って布団を被ったまま、手を休める事を続ける。腱鞘炎か何かだろうな、と思いながらゆっくりと目を開けては閉じた。ワイヤレスイヤホンの充電残量が多少心配だが、まだ音楽は止まないのでそのままでいい。やはり天井の壁紙は少し破れていて、しかしそれ以上のことはなかった。破れてむき出しになった壁の中から妖怪が出てくることも、急に音を立てて全て剥がれ落ちることもない。そこから白馬に乗った王子様が私を迎えに来ることもない。ただ、もし今地震が起きたら間違いなくあの隙間から真っ先に破れるだろう。そこまで考えてから、地震って怖いな、と小さく呟いてみた。そして、自死する勇気のない、生きる屍のような自分は、やはり自然災害やその他偶然の何かで死ぬような気がした。少なくとも、きっと自分で命を終わらせることはない。そんな勇気も意志もない。それは、充電残量のわからないイヤホンにどこか似ていた。


 イヤホンも、いつか使われなくなる。片耳がなくなった、何かの拍子に故障した、経年劣化で使えなくなった。考えられる要因は様々だが、イヤホンは自死できない。

 私の両耳を塞ぐこれが、どう終わるかはわからない。わからないけれど、いつかイヤホンは死ぬ。それは確実に決まっている。


「そんなものか」


 口に出すと、なんだか正しいような気がした。正しくない人生の中で、死はいつも平等だ。ぬいぐるみもイヤホンも私も、いつか死ぬ。そしてきっと、ただ放置されているぬいぐるみは既に死んでいる。

 顔を横に向けて、布団とは違う手触りの布を撫でた。やわらかくて、心地良い。やっぱり、他の人の家に居たらもっと可愛がってもらえたのだろうな、と思った。それでも、綿の弾力がほとんど残っていない潰れたねこが、例え死体だとしても、明日もこの隅で寝ていたら嬉しかった。


 イヤホンから流れる音楽はまだ消えない。昔好きでずっと聴いていた曲が再生される。今はもう見知った音程が耳障りにすら感じた。画面に触れて、次の曲にする。少し指は痛かったが、気にしないふりをした。エアコンの風が直に当たって少し肌寒くて、布団をもう一度引っ張る。裏表がぐちゃぐちゃになって、綺麗な形は保っていなかったが、少し温かくなった。ねこに布団はかけなかった。ねこを買ってもらったばかりの当時なら、一緒に布団に潜り込んだのかもしれない。今はねこの代わりに、イヤホンが私のそばにいた。ねこは死んでいる。イヤホンは、まだ死なない。


 程よい温度が心地よくて、眠たかった。そのまま、布の死体に看取られたなら、どんなに幸せだろうと思った。くだらないことだ、と一蹴して、自嘲気味に口を吊り上げる。しかし、口から出たのは穏やかな笑い声だった。荒んだ心は、やわらかな布団で溶かされていた。理由はよくわからない。温度のせいか、たまたま今日が日曜日だったので気分が良かったか、自分への絶望が足りていたか。どれでも良かった。心の中で、諭すように問いかける。音にはならなかったが、私の唇は言葉をなぞった。


 そうでしょ、ねこ。あなたがここにいるのも、死んでいるのも、理由なんてもう、いらないでしょう。


 もう一年以上開けていないカーテン越しに、光が淡く照らしている。あれほど嫌だった太陽の光は、数年に及ぶ自堕落な生活を経て、少しだけましなものになっていた。寛解を目指すしかないという言葉はひどく自分勝手で、私はその自分勝手を、怠惰で打ち消しにしている。罪悪感は持ち合わせていなかった。ねこを抱きしめなくなった時から、少しずつベッドの端に追いやっていったのだろうと思う。


 やはり気分が良かった。微睡の中で温かな布に囲まれているのだから、気分が悪くなるはずがないな、と思った。理由というのは大概これくらいで良くて、誰がどう思ってどうした、自分はこう思ってこうした、という長ったらしい説明はきっと必要ない。ねこが死んだのも、イヤホンがいずれ死ぬことも、死んだように生きる私の事も、何一つ、理由なんていらなかった。


 いつのまにか曲が終わり、穏やかなピアノ曲は知らないロックに変わっていた。音がうるさかった。ごちゃごちゃとした音は気分が悪くなるので、聞き飽きたはずの曲に変える。聞き飽きたから別の曲を流したのに、全く知らない曲が流れると余計に嫌な気分になるのは、私の救いようのないところだった。スマホを見るたびにねこの死体が視界に入る。私はそれを風景として認知していて、今更何を思うでもない。ベッドから落ちたら拾い上げ、落ちるぎりぎりまで隅に追いやる。だけれど、それに大した理由は必要なかった。


 両手を頭の後ろで組み、腕を枕にした。私の脳と頭蓋骨とその他の何かが五キロになって、腕に重さを伝える。私の腕はねこの死体より柔らかくない。綿の弾力のない、骨の硬さを感じる私の方が死体みたいだった。だけれど、ねこは生きていない。ねこはずっと、生きたことがない。


 天井は相変らず白い。少し裂け目の見える壁紙は特に何も変わらない。穏やかな伴奏が耳から流れ出す。それを遮って、充電が必要だと右耳が無機質に通知を鳴らす。私はそれを無視して、腕に頭を預けるのを止めない。腕は柔らかくないが、程よい重さは心地よかった。

 午前十時。日曜日の穏やかな気温と共に、このまま眠ってしまいたかった。心地よくて、このままでいたくて、イヤホンから流れる音が止まる前に、私の意識が消えたら、どれほど幸せだろうと思った。

 

 何も変わらない天井を見て、たまに瞬きをして、ねこの死体は見えないけれど私の頭の横にあって、ねこには脈がなくて、音楽はきっともうすぐ止まって、そうしたらイヤホンも死んで、それから、私も同じように眠って、数時間後に目覚めたら圧迫された腕が少し痛むだろうな、だなんて思って、でもそんなこと一つも要らなくて、布団の温度が自分の体温で少しずつ色を帯びていくことだけを感じて、私はぬいぐるみを抱きしめないからねこに温度はなくて、まるで死んでいるのと何も変わらない私と、生きた事がないねこと、もうすぐ死んでいくイヤホンが私の八畳に「ある」ことを知って、それだけが良くて、そうやって、死にたかった。


 くくく、と喉を鳴らしながら目を細める。ぼんやりとくだらないことを考えているのも、私の救いようのないところだった。けれど、やはり零れた声は穏やかだった。ゆっくりと息を吐いて、自分の腕に意識を向ける。やはり心地よい重さだった。いつか消える音楽と死体のねこに囲まれて、私の体温を共有した布団のやわらかさが、私を眠りに誘っている。このまま寝てしまおうと思って、しかし、目は閉じなかった。微かな振動があった。腕の上に乗せた後頭部の肌が、一定の間隔で伝わる何かの力を、感知している。呼吸よりも早く、鳴り続けるドラムよりも、遅い。


 脈。


 手首から少し下の、丁度腕の真ん中に、私の頭がある。五キロの重さをもったそれは、ねこよりもイヤホンよりも重い。   

 脈があった。私には、生きる証があった。一定のリズムで、静かに、でも確かに、肌が動いている。肌の下の血管が、生きている。

 ねこに脈はない。ねこは生きたことがない。ねこはずっと死んでいる。やわらかな布の手触りも小さな両耳の弾力もなくなってしまう前から、ねこは死んでいる。ねこを抱きしめてあげられる人の元にいたとしても、子供に乱暴に扱われて数年で捨てられたとしても、ねこは最初からずっと死んでいる。

 破れた壁紙も、倒されたままの椅子も、あるのかわからないクーポンも、脈がない。脈がないから、生きていない。


 午前十時。

 ピアノの伴奏に合わせて、私の脈よりも速いテンポでドラムの音が響いている。左耳からも充電残量低下の無機質な通知音が流れた。きっともうすぐ、耳から流れる曲は中途半端なところで切れる。

 私には脈があって生きていて、ねこはもうずっと前から死んでいて、イヤホンも脈がないから死んでいるのかもしれなくて、でも音楽はまだ鳴っていて、私にはそれを説明できるだけの言葉を持っていなかった。持っていなかったから、事実だけを受け取った。



「ある」を意味しない八畳の部屋の中で、私はベッドに寝転がって天井を見上げている。頭の後ろで組んだ両腕が私の生を確認し続けていて、私はねこが生きていないことを、生死のわからないイヤホンが私の側にあることを、彼らの心臓の代わりに確認する。私の心臓はきっと右腕の真ん中にあって、ねこの心臓は私の指先に、イヤホンの心臓は私の耳にある。ねこは生きていない。イヤホンは生きているかわからない。だけれど、等しく心臓はあって、いつか終わりがくる。

 

 音楽はまだ止まない。いつか確実に消えるピアノ伴奏は、充電残量低下の通知とともに、まだ、午前十時の旋律を奏で続けている。

 死んだねこと、月曜日を待ち続ける腕の中で。


                                

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