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進むが花道  作者: 結城暁


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1/1

山野はな子

 おや、と思ったのは入学式で生徒会長が祝辞を述べているのを見たときだ。

 初等部から高等部のある一貫校、榲桲(まるめろ)高等部の三年生、大嶌(おおしま)(りょう)

 生徒会長所属、生徒会長、身長一七八センチ、好きな色は白、好物は桜餅、自慢は今まで風邪ひとつ引いたことのない強健な体と皆勤賞の数。でも冬は着ぶくれて達磨(だるま)になる。趣味は漢字日曜大工(DIY)

 ――などと、特に面識もなく、喋ったこともない先輩の詳細なデータが浮かんできた。

 はて、これは一体どうしたことかと頭をひねっていると、同級生であり、同クラスであり、幼馴染の矢筈(やはず)延寿(えんじゅ)が潜めた声で話しかけてきた。


「はな子、さっきから頭がふらふらしてるけど、どうかしたのか?」

「どうもしないわよ。ちょっと考えごとをしてただけで」

「ふーん」


 私の返答を聞いた延寿は興味が失せたようで、もとのように眠そうな視線を壇上に向けているふりをし直した。

 矢筈延寿。主人公の幼馴染で軟派(ナンパ)、女好き。身長一八◯センチの痩せ型、好きな色は明るい赤や紫。好物は納豆ご飯。女性関係では来る者拒まず、去る者追わずの態度(スタンス)だが、時々こじれてとばっちりを食うハメになる主人公は迷惑している。それでも仲は悪くないのは幼馴染補正というやつか。趣味は料理。

 ――まただ。幼馴染とはいえ、こんなに細かな詳細が浮かんでくるのはさすがにおかしい。だいたい主人公ってなんだ。まるでゲームの攻略本でも見ているかのようだ。

 そこで私はさらなる違和感に気付く。

 今は平尚(たいしょう)十五年で、ゲーム機はおろか、家庭用電話機だってほとんど普及していない――

 いや、おかしいのはそれだけじゃない。だって、私が知っているのは大正時代であって、平尚時代ではないし、そもそも私が生きていたのは令和の時代で――

 その日は混乱しているうちに入学式が終わり、私は双子の妹のゆり子に手を引かれて帰路についた。

 一晩たっぷりと睡眠をとって、よくよく考えを巡らせると、どうやら私は異世界転生をしているようだった。

 それもゲームの世界に。なぜ私が。特になんのオタクでもない、平々凡々な公務員をしていただけの私が。

 私の生きている今現在は大正ではなく平尚(たいしょう)時代で、通っている榲桲(まるめろ)学園は大正時代には珍しい男女共同学校。

 大正時代に男女共学なんてあったの? てなものだが、そこはゲームなので当時――令和時代に遊んだ私はスルーしたと思う。

 自他ともに認める重度のオタクであった令和時代の妹に勧められるがままにプレイしたゲームのひとつ、『繊翳(せんえい)(きずな)~榲桲学園~』。

 主人公の山野はな子(デフォルト名)を操作して攻略対象とお近づきになっていくゲーム……いわゆる乙女ゲーだ。そして残念なことに私の名前は山野はな子である。同姓同名の可能性もあるが、ゆり子の顔がゲーム画面の中にいた妹兼お助けキャラのゆり子と瓜二つなので、大変に残念なことだが、どうやら私が主人公になってしまったらしい。

 榲桲学園のおもしろさは私にはいまいち分からなかったけれど、妹は当然のように何周目もして全キャラを攻略していた。熱量が凄まじかったことをうっすらと思い出した。

 妹は二周目から攻略できる教師の青木(あおき)(かい)を猛烈に推していて、ことあるごとにプレゼンだか惚気だか分からない早口説明を聞かされたが、私は虚構(ゲーム)だからギリ許せるけれど、未成年の主人公に手を出す教師などすぐさま解雇(クビ)にされろと思っていた。

 妹の前では口に出さなかった私を褒めてほしい。

 妹の話に的確な相槌を打つために、攻略本や設定資料集も借りてずいぶん読み込んだものだった。おそらく、その記憶が蘇ったのだろう。

 ここが本当に榲桲学園の世界ならば、他の攻略対象の記録も思い出せるはずだ。

 生徒会長と幼馴染と教師の他にいたのは――

 運動部の活発陽キャ栗原(くりはら)(がく)

 それからインテリ陰キャ文化部の立浪(たつなみ)(らん)

 遠慮のない天真爛漫ショタ枠、中等部の空場(すいば)光司(こうじ)

 人の話を聞かない筋肉、運動部の三年生千ケ谷(ちがや)真麻(まお)

 ――思い出せてしまった。

 ここは、本当にゲームの世界だというのか。

 ――だとしても、私のやることも目指すものも変わらない。

 こつこつと勉強をして、真面目に学生生活を終え、公務員になって安定した人生を送る。それが私の目的だ。

 問題があるとすれば、大正時代をモデルにしているこの世界で女性が公務員になれるかどうかだ。

 上下水道が完備されているなんちゃって大正時代ではあるから大丈夫だと思うが、万が一公務員になれない場合は大手の民間企業を目指すことになる。

 しかし、民間企業に無事就職できたとして、この先、大恐慌や世界大戦があるとしたら先行きが不安すぎる。田舎に引っ越して農業をした方が安定するのか……?

 うんうん唸りながら学園までの道のりを歩いていると、ゆり子が不思議そうに顔を覗き込んできた。


「はな子ちゃん、どうしたの? なにか悩んでる? あっ、もしかして恋の悩み?」


 キラキラとした眼差しを裏切るようで申し訳ないが、恋の悩みではない。将来の不安と戦っているのだ。

 榲桲学園の主人公(つまり私)の妹のゆり子は噂好き、恋バナ好きという設定で攻略対象の好みや好感度を教えてくれる。


「ねえゆり子、公務員のなり方は知ってる?」


 ゲームと同じくあんこ玉をあげて聞いてみた。

 ゆり子はさっそくあんこ玉を口に含んで頬を膨らませている。その姿はゲーム画面と変わらずかわいらしかった。


「あはは、はな子ちゃんたら、まだ私たち高等部に上がったばっかりじゃない。それに公務員だなんて。職業婦人はかっこいいけど、私たちは華族なんだもの。将来の旦那様が誰になるかを考えたほうが良いと思うわ」


 ――そういえば、主人公を含む登場人物は全員華族という設定だった。

 表向きは一見、高貴なるかな殿上人(てんじょうびと)といった風雅な生活を送っているように見える攻略対象達だが、しかし。彼らは人知れぬ闇や傷を抱えており、それを主人公が癒したり、助言や手助けをして乗り越えさせたり、支えたりして仲を深めていくんだったか。

 そうだそうだ、そうだった。

 攻略対象だから顔は良いけど、全員現実で近くにいたら面倒臭そうだなあ、と思ってたわ。

 しかし私がそうしてやる義務や義理はないし、放っておこう。放っておくと予後が悪そうなのがいるけども。

 例えば幼馴染の矢筈延寿。

 家庭内のごたごたのせいで軟派な女好きを装っているが、主人公が他のルートを選んだ場合は女性関係で問題が起きて、勘当されたのちに家を追い出されて路上生活になる、なんて脚本家に(笑)をつけて資料集に書かれていたっけ。

 さすがに昔から付き合いのある幼馴染の末路が路上生活では後味が悪い。

 かといって私は別に恋愛をしたいわけじゃないし、延寿に恋愛感情もないし。

 どこかに延寿のことが好きで、献身的に支えて、なんなら婿に取ってくれるような奇特な人がいないかしら。……いたわ。

 榲桲学園は攻略対象ごとに恋の好敵手(ライバル)が設定されていて、好敵手に勝つための能力値(パラメータ)も各ルートごとに違っていて、周回を飽きさせないようにされてたのよね。

 私は面倒だったけど。せめて引き継ぎ要素があって、周回が簡単にできたならもう一周くらいはしたかもなー。

 好敵手達は各攻略対象が大好きって設定だったし、攻略対象達のことは彼女たちに任せてしまえばいいのでは?

 名案だわ。

 公務員になれるよう勉強しつつ、ライバル達と友誼(ゆうぎ)を深めてさりげなく攻略情報を渡していきましょう。

 よーし、目指せ公務員!


「がんばるぞ、おー!」

「? おー?」


***


 そんなこんなで季節は過ぎゆき、私は無事に公務員試験に合格し、学園を卒業した。春から晴れて国家公務員だ。なんちゃって大正時代で良かった。

 親に反対されることもなかったし、職場の男女比率は六対四だ。

 特になりたいもののなかったゆり子はこれからお見合いを重ねて婚約者を決める道を選んでいた。


「あーあ、つまらない。はな子ちゃんってば、浮いた話のひとつもないんだもの」

「だって、公務員になるためには必要ないし」

「も〜、二言目には公務員、公務員! つまらなーい!

 はな子ちゃんも延寿くんの婚約者になった蝶菜林(ちょうなばやし)さんみたいに紆余曲折あればよかったのに~!」


 ゆり子はぶうぶう不満顔で、恋愛成就した学園の有名人たちを指折り数えていく。攻略対象達の名前はもちろん全員が上がった。


「別にいいじゃない。人生、恋愛や結婚がすべてというわけではないのだし」

「それはそうだけど~。

 もしはな子ちゃんに恋愛相談されたら私、ぜったいに全力で応援するつもりだったのよ」

「その言葉そっくりそのまま返すわね」


 とりあえず、ゆり子の見合い相手が乙女ゲーが裸足で逃げ出すような面倒くさい男じゃありませんように、と私は茶を飲むのだった。

評価、ブクマ、感想に誤字報告ありがとうございます。

とても嬉しいです。励みになります。

今後ともよろしくお願いいたします!

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