第71話 半拍の返済、リングの罅は縫い目へ
昼下がりの広場は、熱に甘く倦み、祝灯の影が短い。断輪王の声はまだ漂っているが、椅子にかけた命令は腿の裏で無力化され、繰り返すたびに自動課金の帳尻だけが静かに閉じていく。私は指先でミズガルズ・リングの罅を撫で、縫い目の手触りを探した。
夜菜「『私が“返す規範”を破らない限り、半拍は私の内側で編集可能』」
リングは礼火を一度だけ跳ね、━━"ぱち"。
エイリク「君の半拍、君のまま」
零雅「刃は要らない。縫い目なら、守れる」
王は最後の請求を掲げる——返セ。私は雷帳の保留欄の冒頭に明記する。『受領:不明請求(累計=十二・最終)/処理:返済済の形式を返す』。内容ではなく“請求フォーマット”だけを返す。口座名は請求の容れ物——第65話で確認した通りだ——その容れ物の“名”を失えば、回路は自壊せずに消散する。
レストラインが低く結ぶ。「半拍、所定席ニ帰還。椅子ハ残ス」
私は水帳に『返す先=地絡』、火帳に『怒り=橋脚』を再掲し、雷帳に『繰返=自動課金』の朱を重ねる。日常での家事運用は、今回の防御手順に昇格した。戻ってきた半拍は胸の内側で椅子に座り、私の編集権にかわるがわる頷く。
通りの端で、鴫原煤太が銀片を指で弾いた。
煤太「半拍券は在庫限り。返品不可」
夜菜「共有物の椅子に、価格はつかない」
煤太は肩を竦め、石松香の薄膜とともに去る。樹脂の匂いはすぐ風に削がれた。ゲンボウが頬の内で風を噛み、温度を一度落とす。
ハヤブサが式を払う。「収束。Δは所定席。過制御なし」
アジサシ・グラスフェザーは上段の索を緩め、逃がし路を一旦畳む。カケス・フェローは矢を持たず、掲示の角を親指で丸める。角が立つ場所は、物語が焦げやすいから。
私は胸の空洞に句点を置く。未払いはゼロ。保留もゼロ。残るのは生活の段取りと、余白だ。余白は脆いが、一番働く。
祝灯が一拍だけ暗くなり、次に白く小さく灯る。誰の財布も減らない。遠雲の裏で雷の精霊が短く光り、氷の精霊は羽を二度だけ打ち、カラドリスは低く歌った。それぞれが短い合図だけを置いて、見えない席へ戻る。従えず、従わせず、並走の礼儀で。




