第70話 集合断輪王、半拍の徴集を名乗る
広場は、朝から桂皮と鉄の匂いでうっすら甘く、祝灯の白は豆粒みたいに明滅していた。地面の下で配電が小さくうなり、炭秤の皿は誰も載せていないのに浅く呼吸する。私は三冊——水・雷・火——を胸の前で重ね、合図を三回。踵で石を軽く叩く。━━"ことり"。
ここで確認しておく。椅子(休符)は停止ではなく、可逆の運用安全装置だ。命令の歯車を壊さず、噛み合わせだけを一時的に守る楔。
白墨の線が、広場じゅうの柱や掲示や屋台の天板にじわりと浮かぶ。点が増え、帯で繋がり、街の皮膚に配線図の幽霊が立ち上がる。そこへ、声。多数の喉で一つの意志を綴じたような、乾いた合唱。
断輪王「名乗ル。オレタチハ“返シテ”ノ集合。未払いノ総意。均シ、丸メ、閉ジル」
夜菜「閉じるのは簡単。返すのは段取りが要る」
|休符の精《ナイチンゲイル=レストライン》は、空の目に見えない位置へ白い符頭を置き直す。
レストライン「休符ニ命令ハ触レナイ。条件文ダケ、座レル」
私は三冊を開く。第一に水——『返す先=地絡/名の貸与は仮名のみ』。第二に雷——『繰返=自動課金』。第三に火——『怒りは燃料でなく橋脚』。紙の上で条文は短く、間は多く。
ハヤブサ・アステリオンが粉で式を敷く。「媒体差の置換=環譜綴」。
アジサシ・グラスフェザーは上段に索を張って過熱した言葉の逃がし路をつくり、ゲンボウ・デーメルは風を“静か”に寄せる。鴇淵 零雅は鞘口で空気の膜だけを撫で、やさしい命令の皮膜を先に薄くする。|炎の精霊《カラドリス=バーンゲイル》は温度差の橋脚を低く歌い、やがて短く「良」とだけ添えた。
私は呼吸を四拍、吐くを長め。【霙綴】でことばを短く区切り、【雷環綴】で飲み込みの縁を丸め、【熔環綴】で温度差へ橋脚を置き、【休符署名】で命令の挟み目に椅子を据える。子どもたちの囁きが、いったん座って、それから流れる。怒鳴りかけた誰かの喉が椅子で折返し、ただの注意に静まる。祝灯は豆粒のまま白く、誰の財布も減らない。
断輪王「返セ。半拍。統一ノタメニ」
夜菜「“あなたが統一をやめたら、私は段取りを公開する”。条件文だけ、届く」
声は一瞬、躓いた。命令の肺は、休符に弱い。私はミズガルズ・リングの罅を指で撫でる。乾いた線、一本。割らない。縫う。
零雅「刃は要らない。膜だけ剥げば、舌は勝手に静まる」
エイリク・モルグストランドは半拍遅れて笑い、肩で私の背を支える。
エイリク「君が置いた椅子に、僕の笑いも座れる」
私は雷帳の余白に一行——『王=個に非ず/口座名の集合』。炭秤の皿が『理解した』と言うように、━━"ことり"。
僅かに沈んで水平に戻る。多数の喉が、いっせいに息継ぎの位置を見失う音がした。胸の空洞に句点が一つ、静かに置かれる。




