第69話 休符の運用、命令の空白に椅子を置く
翌朝。天幕の裏から降る放送は相変わらずだが、言葉と言葉の間に白い椅子が据えられていく。
断線皇「返セ( )半拍( )統一( )」
夜菜「——よく座る、いい椅子」
私は【休符署名】で“命令の挟み目”に印を打ち、【雷環綴】で飲み込みの縁を丸め、【熔環綴】で温度段差に橋脚を置く。跳ねない休み、落ちない沈黙。停止ではなく、安全楔。ハヤブサが頷く。
ハヤブサ「過制御なし。句点は短く、多く」
スワン「時間遅延ト整合。凍結ニ非ズ」
カラドリス「温度差ノ緩衝、良」
メリン「電位差、整流」
エイリクの笑いは半拍遅れを取り戻し、豆粒の祝灯が“誰の財布も減らさず”灯る。子どもたちの私語は、休符により息継ぎを覚え、怒鳴り声は椅子でへし折られ、ただの注意に翻訳される。アジサシ・グラスフェザーは上段の索を増やし、もし誰かが“正しさ”に滑ったら空へ引き上げる準備をし、ゲンボウは風を“静か”に維持する。零雅は鞘口でやさしい命令の膜だけを剥ぎ続ける。
通りの端で、鴫原煤太が舌打ちを一つ。
煤太「椅子商売にされたら、売り物にならないじゃないか」
夜菜「椅子は共有物。前払いは不要」
煤太は石松香の薄膜を残し、肩を竦めて去る。やさしい正しさほど装着感が良い。だから危ない。私たちは装着を剥がすのではなく、先に座面を置いて“着けなくていい”を可能にする。
私は雷帳に朱を引く——『返シタ:命令の過密/処理:休符署名・環綴併用』。壁の濡字がうすく灯り、━━"ぱち"。
胸の空洞に句点を置く。頭上の放送はなお同じ語を繰り返すが、繰り返し=自動課金は既に登録済みだ。請求の形式だけ返し、内容は返さない。外したのは**“口座名”の鎖**、刺したのは条件文の楔——そして今、椅子で街を可逆的に守る。
エイリク「君が椅子を置くたび、僕の半拍は帰る場所を思い出す」
夜菜「帰るために、置いているから」
私はミズガルズ・リングの罅を撫でる。乾いた線は縫い目になりつつあり、割れではなく編集の記録に変わっている。合図は三回。踵で地を軽く叩く。━━"ことり"。
夜菜(次は名乗りを引きずり出す番。集合の“王”は個じゃない。未払いの総意だ。ならば、半拍の徴集を名乗る舞台を、こちらで用意すればいい)
広場で会おう。こちらは椅子と句点と橋脚を携え、向こうは“集合”を名乗るだろう。命令の肺は、休符に弱い。だから——息継ぎの位置は、もう私たちが決めてある。




