第66話 断線皇の入札、声の税の再来
夜。導体街の掲示台に新しい通達が貼られていた。『声の税・臨時復活』。署名は断線皇。上から被せるのではなく、既存仕様の隙間に滑り込むやり口だ。紙は薄いのに、読むだけで喉が乾く。私は掲示の周縁に【雷環綴】を薄く置き、“飲み込みの縁”を丸める。噛み合わせれば、支配の喉は詰まりにくい。
メリン=アークフォイルが遠雲の向こうで青く瞬き、簡潔に告げる。
メリン「命令形ノ増加、検出」
夜菜「復活は“回帰”じゃない。仕様の穴に入り込む旧敵」
私は掲示の冒頭を貼り直す——『命令文、禁止。条件文で伝える』。カイト・ウルフスパークが耳まで赤くして紙束を差し出す。
カイト「絶縁紙、追加します」
零雅は【乾刃】で“甘い助け舟”の皮膜だけ剥がし、アジサシ・グラスフェザーは上段に索を一本、過熱した言葉を空へ抜くための逃がし路を張る。ゲンボウ・デーメルは風を“静か”へ寄せ、群衆の息を冷やした。角が立つ場所から火が出る。先に角を丸めるのが作法だ。
そこへ、断線皇の放送が始まる。壁から、空から、耳の裏から声が降る。
断線皇「返セ。半拍。統一ノタメニ」
夜菜「“あなたが放送を止めたら、私は対案を掲示する”。条件文だけ、届く」
放送は一拍だけ躓く。私は【雷環綴】で音の通路の角を丸め、【熔環綴】で言葉の温度段差に橋脚を置く。押し付けを噛み合わせへ変換する。礼儀の火花が壁の内側で一度跳ね、━━"ぱち"。
胸の空洞に句点を置く。だが、まだ足りない。命令の歯車に挟む安全楔が要る。
トキ「拍裏の退避域が痩せてる。休む能力の欠乏。医術的にも危険」
氷の精霊が羽を打ち、炎の精霊が低く応える。
スワン「遅延ハ在ル。休符ハ未登録」
カラドリス「温度差ノ橋脚アリ。休符ノ杭ガ無イ」
私は三冊の余白に、さらに一行の空白を作る。題は——『休符』。未払いではない、未登録だ。日常の中で家事に落とし込んだ句読点だけでは足りない。命令の空白に“席”を可視化する力がいる。
夜菜「第四の席は“音”ではなく休み。命令の空白に署名する存在」
ハヤブサが粉で最小系の式を敷き、短く言う。
ハヤブサ「媒体:沈黙。記法は休符署名」
アジサシは索の張力を調整し、もし誰かが正しさに滑ったら上から引き上げる準備をする。カケスは“道”の角を指で撫で、跳ねの起点を鈍らせた。私は掲示台の影でひと呼吸、目を閉じる。呼びかけは短く、条件文で。
夜菜「“あなたが名乗ってくれたら、私は街の空白に席を用意する”」
風が頬の内側で噛まれ、遠雲の裂け目がひとつだけ開く。そこから細い歌の気配——鳥の名を持つ声が、こちらを見ないまま確かに聴いている。私はミズガルズ・リングの罅を指で撫でる。乾いた線は割れ目から縫い目へ、意味を変えつつある。合図は三回、踵で地を軽く叩く。━━"ことり"。
空席は名を得る。命令の肺は、休符に弱い。だから席を先に用意しておく。




