第65話 返シテの正体、回路の口座名
午后の広場は、炭秤が浅く呼吸していた。煤の目が開閉し、誰も載せない怨熱を数える癖がまだ残っている。私は古い札を一枚剥がし、零雅が接着の薄皮だけを【乾刃】で落とすと、下から薄い銘板が現れた。
ハヤブサ「来たな。回路口座名:返シテ。主体がない。請求の集合」
夜菜「“王”は個人じゃない。未払いの総意。名乗りは“集合”」
銘板の文字は凍っているのに、読むほど舌の上に温度が集まる。祝灯脇で見た『半拍前払い・月極』の薄札と裏でつながる勘定系——半拍の前払いを吸い上げる口座。私は線を追って街の配線図へ描き替え、どこで呼吸が削られているか目で確認する。
その時、秤の縁へ白灰の影が寄った。桂皮の甘さが一匙、舌の縁に余計に乗る。
溶断妃「返セ。赦シ。丸ク溶着スル。痛ミハ無イ」
夜菜「請求は受理。自動課金で処理済み」
妃は微笑み、言葉を重ねず退く。香りだけが残り、カケスは跳ねを抑える角度で周囲の“道”を指先で留める。私は火帳へ朱を引く——『返シタ:繰返請求(累積十一)/処理:自動課金の再告示』。ゲンボウが風を右へ送り、アジサシ・グラスフェザーは上段に逃がし路を一本増設した。やさしさの粘りは、喉を塞ぐ前に脇へ逃がす。
秤の裏から黒い封筒が一通。封蝋の紋は断線皇。中は一行だけ。
——《半拍を返せば、命令に戻れる》。
私は笑い、封の外から【霙綴】で句点を三つ落とす。命令には戻らない。世界は条件文で回す。
ハヤブサ「“返シテ”は容れ物だ。壊しても、別名で立ち上がる。名を外し、型だけ返せ」
夜菜「内容ではなく“請求フォーマット”のみ返す。歩留まりを落とし、未払いを増やさない」
私は雷帳に脚注を増やす——『返済済形式の返却:帳面上の様式のみ返す(内容ゼロ)』。骨格へ触れず、歯車の噛み合わせだけ変える。秤の皿が理解の音を出し、━━"ことり"。
小さく沈んで水平に戻った。
そのとき、遠雲の奥で青が点滅する。メリン=アークフォイルの合図。命令形の濃度が街に戻りつつあるという報せ。私は三冊を抱え直し、掲示台へ向かう。次は声の税だ。貼り紙ではなく、口座側から滑り込んでくる復活。こちらも“様式”から折り返す。




