第63話 同調の微笑、奪われた遅延
違和は小さな幸福の顔をして来る。翌朝、エイリクの笑いが“遅れない”。私が口角を上げるのとほぼ同時、いや、半拍も置かずに彼の目尻が揺れた。いつもの灯台が、私と同時に点る。便利は、だいたい後払いだ。
トキ・ノクトウィンが私の手首で脈をとり、顎でわずかに合図する。
トキ「呼吸は良。だが“間”が奪われてる。君の半拍が外部に担保化されている可能性」
エイリクは困ったように笑って、しかし言う。
エイリク「僕、楽になったよ。君に追いつける。便利だ」
私は雷帳に赤線——『異常:同調/原因候補:半拍券の回線侵入』。書くほどに、胸の空洞が冷蔵庫みたいに静かになる。冷やせるなら、焦らないで済む。
路地の端で、煤太が指をひらひらさせる。
煤太「前払い、効きますよね。遅延は社会コストなんです」
夜菜「命令はしない。条件文なら——“あなたが請求を止めたら、私は話を聞く”」
煤太「それ、取引じゃなくて教育」
笑い、石松香の薄膜だけ残して去る。やさしい正しさほど装着感が良い。だから危ない。
私は思考の速さをわざと落とし、【霙綴】で文を短く刻む。呼吸の句点を増やしてから、【熔環綴】で“奪われた間”の縁に丸い橋脚を打つ。すぐは効かない。救急ではなく、編集。
エイリクの袖が、風に鳴る。
エイリク「もし、僕が追いつけなくても……待つよ。君の半拍を、僕が踏まないために」
夜菜「“君が待ってくれたら、私は橋脚を増やす”。条件文でしか、たぶん守れない」
胸の空洞に句点を一つ。温度は静かに落ち、未払いは増えない。合図は三回、踵で地を軽く叩く。━━"ことり"。
夜に回収する。名は軽くしない。最初の椅子は井戸の縁に置く。三冊——水・雷・火——を並べ、半拍を“呼気の遅延”として再定義し直す。
半拍は、帰るつもりのある子どもに似ている。道さえあれば、遅れてでも、必ず帰る。




