第61話 半拍を売る屋台、始業前の呼気
夜更けの路地は桂皮の甘さと鉄の舌触りが薄く混ざり、祝灯の白が豆粒みたいに震えていた。露の夜店に、爪ほどの銀片が整然と立ててある。縁の削りは浅く、光の縁が紙のように薄い。ひとつひとつに小さな癖字——返シテ。
男は自分を鴫原煤太と名乗り、銀片を掌で弾いた。貧相な仕草なのに、周囲の空気が一拍だけ黙る。
煤太「前もって笑う権利、買いません? 半拍券。君、いつも半拍遅れて笑うでしょう」
夜菜「半拍は私の編集権。売買対象じゃない」
値札の語尾で、私の呼吸に余白がなくなる気がした。銀片の縁に微かな樹脂——祝灯の配線に触れた時の“石松香めいた”ざらつき。気がする、だから記録だけ残す。断定は未来への借金だ。
私は雷帳の欄外に保留印を押す——『受領:不明請求(累計九)/媒体:金属片/対応:観測継続・購入拒否・繰返=自動課金』。
鴇淵零雅は鞘口で空気だけ撫でた。
零雅「刃は要らない。膜だけ落とす準備はある」
少し遅れて、エイリク・モルグストランドが笑う。肩が触れるより手前で止まり、いつもの予約制。
エイリク「“君が断れば、僕も遅れて断る”。今日はこの冗談で」
胸の空洞に句点を一つ置く。泣けない私の代わりに、温度が領収書になる棚。
去り際、煤太は軽く言う。
煤太「断輪王の最新作よ。自由は、いつだって流通に弱い」
流通。配る、回す、回される。未払いが好きな語だ。私は水帳と火帳を揃え、匂いの棚へ差し込む。増やさないのは未払い、増えるのは警戒項目。半拍を奪うなら回路に名前がある。祝灯の白を一つ見送り、足もとで三度、石を軽く叩いた。━━"ことり"。
始業前の合図は、明朝の作業計画に変換される。




