第58話 裁縫教室、雷環と熔環の手習い
昼の光は粉糖みたいに細かく、孤児宿の大机の上で糸と針に薄く積もっていた。窓の外では物干し索が静かに呼吸し、桂皮と晒の匂いが交互に鼻先をくすぐる。私は黒板の端を指で拭い、丸い図を二つ描いた。
夜菜「これは【雷環綴】。縁を柔らかく繋いで、放電が噛み合うための橋脚。こっちは【熔環綴】。温度差の段差に丸い足場を置く縫い方よ」
カケス・フェローが針を矢のように構え、しかし放たない。
カケス「“道を刺す矢”は、刺しすぎないのが肝心ですね」
ハヤブサ・アステリオンは紙端へ粉で式を引き、目盛りに係数を書き入れる。
ハヤブサ「等間隔より等温・等電位を優先。間が仕事をする」
鴇淵 零雅は鞘口で布の湿り核を撫で、糸が吸い込みすぎないよう膜だけ剥ぐ。
零雅「刃は出さない。戻しやすい線にだけ沿わせる」
梟雪は白布の端に“半拍”の刺繍を練習し、縫い込みのたびにこちらへ視線を投げる。
雪「ここ、針を入れるの?」
夜菜「うん。針目は短く、多く」
糸は素直で、けれど過去のやさしすぎる約束みたいに、時々独りで結びたがる。私は【霙綴】で文を短く刻むみたいに針の句点を増やし、誤魔化しの余白を消す。机の脚が一度だけなり、━━“ことり”。
布が納得した合図だ。
アジサシ・グラスフェザーは天井の梁に細い索を渡し、ほつれの逃がし路を確保した。
アジサシ「誰かが縫い目に落ちたら、ここから上げる」
カイト・ウルフスパークは避雷布の角を円に縫い、照れたように笑う。
カイト「角が丸いと、怒りも集まりにくいんだね」
夜菜「角は物語の焦げを呼ぶから」
その時、指先が布の縁で微かな硬さに触れた。白い縫い糸の一本が、別の色にほんの少しだけ変わっている。縫い込みの癖が、読み慣れた癖字へ化けた。――返シテ。
私は雷帳の端に朱で保留印を重ねる――『受領:不明請求(累計七件目)/媒体:紙→窓→札→便箋→結び目→水面→縫い糸/対応:観測継続・繰り返し=自動課金』。保留は逃避ではない。返す予定の印だ。
エイリク・モルグストランドが少し遅れて拍手し、気まずそうに手を下ろす。
エイリク「僕の役に立てる気がする、って条件文で言ったら……役に立てますか?」
夜菜「君が立ちたい時、私が橋脚を置く」
祝灯は路地のように静かで、糸の間に沈んでいく。私は胸の空洞に冷たい句点をもう一つ灯し、未払いを増やさないまま手習いを終えた。




