第5話 予言の断片は、笑いながら刺さる
翌朝、湖面が異様に澄みすぎていた。夜の偏りが残っている。私は舟の代わりに倒木を浮かせ、エイリクにロープを預けた。
湖の中央、水が自ら割れて縦の亀裂を作る。そこに石板があった。表面は濡れているのに、拭っても消えない文字が読める。
——守護者は世界の継ぎ目を縫っていた。最後の縫い目は、彼女自身で塞がれていた。
夜菜「過去形……?」
水は記憶する。ここで誰かが未来を過去形にして、沈めた。
石板の縁に、細い刻み。同心円の水文が連なる。ミズガルズ・リングの意匠と同じだ。
エイリク「顔、怖いよ」
夜菜「怖い顔の種類は多い。これは“予想が当たったかもしれない”顔」
エイリク「当たったときは喜ぶものでしょ」
夜菜「当たってほしくない種類のやつ」
彼は私の足元の倒木を器用に支え、冗談を投げてくる。会話の温度が、冷たい読みを中和する。
石板の下部に、夜に井戸で見たのと同じ濡字が現れた。
——返シテ。
夜菜「誰に何を」
エイリク「君が“世界の縫い目”なら、返されるのは君ってことにならない?」
嫌な比喩が、上手だ。
私は石板を湖底に戻す。本のしおりみたいに、未来へ差し込んでおく。取り出すのは、もっと強くて冷静なとき。
岸に戻ると、村の長が深く頭を下げた。声を取り戻した村は、笑い方をぎこちなく練習していた。
夜菜「井戸は共同管理に。日ごとの水番と、夜の見回りを交互に。水は偏ると、祈りが腐る」
長「従おう。……森の魔女」
夜菜「魔女の定義は後で再審議したい」
エイリクは笑い、村の子どもが私の髪の色をこっそり真似した。笑い方は、ゆっくり常温に近づいていく。
その夜、私は指輪を外さずに眠った。夢の中で、水が過去形で私の名を呼ぶ。呼ばれるたび、銀の光輪が瞳の裏に広がった。




