第49話 合図三回の朝、帳面の棚卸し
溶岩の神殿を後にし、私たちは導体街へ数日だけ滞在することにした。遠雷の尾がまだ空のどこかでうごめくが、路地は落ち着いた体温を取り戻しつつある。台所の窓から入る朝の陽気は桂皮と鉄の匂いで、鼻腔の奥に細い線を引いて消える。私は水帳・雷帳・火帳を棚に横並びで置き、罫線の左端へ今日の日付を入れる。最初に決めるのは“平穏の段取り”だ。戦いの道具を、家事の語尾へ置換する。
凡例を新設する——『保留=返済予定・期日未定(雷帳:保留印で朱囲み)』。保留は逃避の別名ではなく、編集の予定。未払いと混合しないこと。私は胸の空洞に句点を一つ置き、泣けない代わりに温度で心拍を均す。
エイリク・モルグストランドが少し遅れて笑い、肩を軽く当ててくる。
エイリク「今日の予定、君の“返す規範”に合わせるよ」
鴇淵零雅は鞘口で鍋蓋の湿り核だけを削る。
零雅「【乾刃】。火は穏やかに」
鍋の湯の縁がわずかに呼吸し、豆粒ほどの礼儀の火花が指に触れて離れる。━━"ぱち"。
私は朱で『未払い:なし/警戒:旧仕様の残置札』と書き、今日の行き先を“市場(周知徹底)/浴場(温度差の運用確認)”に決める。
窓外で梟雪が小さく手を振る。祝灯は白く、税ではない。合図は三回、床を小さく蹴る音。皆の踵が短く揃い、朝の空気が一瞬だけ澄む。
夜菜「従えず、従わせず——連れて行く。家事でも同じ」
指先でミズガルズ・リングの罅を確かめる。乾いた線が一本。非常口は既に灰にした。私はその軽さを確認してから。三冊の帳面を紐で束ねる。平和はやることが多い。だから、順番を先に決めておく。




