第44話 熔譜台、火の精カラドリスと条件文
主殿の中央、熔譜台が低い歌を鳴らす。赤い譜線は氷の下で踊り、触れれば語尾だけが先に溶ける紙の床。天井は薄い雲腹、匂いは|桂皮に|鉄が混じり、舌の縁に樹脂が残った。
白灰の翼が降り、縁に朱が灯る。
カラドリス=バーンゲイル「命令ニ従ウ性質デハ無イ。式ヲ見セヨ」
夜菜「『私が“返す規範”を破らない限り、あなたは私の熔環綴に協調する』。命令はしない。非常口は既使用、以後はifだけで縫う」
ハヤブサが媒体差置換の式を並べる。
ハヤブサ「温度差ΔTは仕事、怒りはトリガ。橋脚の位置決めにのみ用いる」
トキは短く頷く。
トキ「代償が出る。受け取り方を先に整えて」
カラドリスが喉で笑い、熔譜台の赤が一瞬だけ強まった。
カラドリス「試験。代償ハ——一夜、味覚ノ不在。香リと温度だけで仲間ヲ守レ」
エイリクは半拍遅れて肩を寄せる。
エイリク「味が消えても、君の“噛み合わせ”は消えない」
零雅「刃は出さない。膜だけ落とす役なら、いつでも」
私は火帳に朱を引き、代償を明記する。『代償:一夜の味覚喪失(可逆)』。続けて欄外に細く脚注。『既出ルール適用:貸与と返却の回路を先置き』。
掌を差し出す。白灰の指先と触れ合い、礼儀の火花が跳ねた。━━"ぱち"。
カラドリス「署名ヨシ。従エズ、従ワセズ——並走スル」
私は胸の空洞に新しい道具の影を受け取る。名は既にある。熔環綴。落ちる熱を壊さず噛み合わせ、隣の文節へ橋を渡す技。
ゲンボウ・デーメルは風の筋を“静か”の側へ寄せ、アジサシ・グラスフェザーは上段に索の支点を増設した。
アジサシ「無味の夜、火の機嫌が偏ったら、ここで吊る」
ハヤブサ「式は余白を残す。過制御は破綻」
私は頷き、唇の内側に短く合図をしまう。味が消える夜へ、準備完了。




