第42話 火鏡道、正義の怒りは甘く焦げる
火鏡の回廊は、正義の怒りを飴にして見せてくる。鏡氷の面は薄く赤く、そこに立つ私たちは半拍先に拳を握り、半拍遅れて胸を張る。甘い桂皮の霧が舌の上で広がり、呼吸はつい早口になる——それが狙いだ。
トキ「甘い匂いは呼吸を浅くする。四拍、吐く長め。喉で数える」
私は火帳に短く記す。『怒り=燃料に非ず。既出ルール適用:物語は足場優先』。怒りはナレーションに。主役は足場と逃がし路だ。
ハヤブサが床へ式を引く。
ハヤブサ「ΔTの遅延を句点で刻め。文を短く、間を多く。過制御なし」
私は【熔環綴】を鏡の縁にだけ落とし、映像と現実の間に丸い橋を挿す。映る“正義の私”が先に踏み出しても、橋脚に躓いて減速するだけ。こちらは歩幅を守る。
アジサシは上段に索を張り、踏み段と噛ませる。
アジサシ「もし飲まれたら、上から引く」
ゲンボウは鏡面の粘りを風で薄めていく。
ゲンボウ「香り、半歩分落とした」
カケスは矢を伏せ、窓枠の角をもう一段丸くした。角が取れた場所は、怒りが集まりにくい。
鏡が甘く曇り、こちらに“前払い”を請求する。——正義の怒りを先に置け、と。私は短く首を振り、鏡の曇りへ指で一語、『払い戻し』。仕様は雷章で済んでいる。鏡は薄く溜息を吐き、曇りの縁だけが白く縁取られる。そこへ句点——【霙綴】。遅延の隙間を、呼吸で埋める。
エイリクが肩で笑い、声は短い。
エイリク「君のやり方は、いつも“噛み合わせ”だ」
零雅「刃を出さず、面で勝つ。続けろ」
映る“正義の私”は、やがてこちらに追いつくのを諦め、鏡の向こうで歩幅を揃えた。甘さが引き、石松香が戻る。回廊の終端に白い板が見え、そこに薄く文字が浮かぶ。——誓イヲ、灰ニ。
私は胸の空洞に句点を置く。次は祭壇手前の手順——灰にする誓い、燃やさない誓いを燃やす段。非常口の記録も、半拍も、未使用の涙も、どこに置き直すか。
夜菜「行こう。燃やすのは“記録の湿り”。半拍は燃えない」
踵で三度。地を蹴る音が揃う。鏡は礼儀正しく身を引き、通路は現実の温度まで冷めた。私たちは祭壇の前へ進む。匂いは桂皮が一匙、鉄が一匙、そこに新しい焦げ砂糖が少し。物語は甘く焦げやすい。けれど、橋があれば、焦げは香ばしさに変わる。次の頁で、灰は土に返す。




