第4話 初陣、龍脈を噛む
昼のうちに、私は水車小屋と井戸の間を何度も往復した。木目の毛羽立ち、苔の向き、滴の跳ね方。夜だけ逆回転した痕跡は、誰も触れていないのに触れられすぎた木の表情をしている。
小屋の扉を開けると、冷たい匂いが顔を撫でた。金属ではない。湿った祈りの匂いだ。歯車は止まっているのに、床下の水脈が呼吸している。
夜——。
村人は家に籠もり、灯を一つずつ消した。闇がそっと集まり、私たちを湿り気の箱に閉じ込める。
夜菜「行くよ。封印は緩めない。光だけ借りる」
私は指輪に指を添え、【蛇影冥衣】を薄く展開する。背から淡い蛇影が伸び、地面に銀の環を描く。
エイリク「僕は外周を回る。合図は三回、地面を蹴る音」
夜菜「了解。息は大事に」
床下の水路に膝をつくと、闇のなかで濡字が浮いた。
——返シテ。
夜菜「誰の声?」
水は答えず、喉の形で冷気を押し上げる。私は【環廻の龍脈】を指先から流し、流路の歪みをなぞった。見つけた。
水車の軸の奥、歯車と歯車の間に、祈りを集める輪が挟まっている。古い文明の遺物——水輪祈機。夜だけ逆回転して、井戸の湿度を吸い、人の声=最終呼気を集めていた。
エイリクが合図を送る。━━"コン、コン、コン"。
エイリク「村のはずれ、喉を押さえて倒れた人が出た。急いで」
夜菜「わかった。終わらせる」
私は祈機の輪に左手を添え、右手で指輪をほんの一刻だけ解錠する。封印の内側から、蛇影が一段深く膨らむ。
夜菜「【環咬】」
淡い銀光が輪を噛み、嚙み切らない程度に刻み込む。祈りは暴力では返らない。流れを正すのが先だ。
私は床に描いた環を、井戸へ連結する。奪った声を、来た道へ戻す回路。
夜菜「返すよ。だから、返して」
輪が軋み、床下の水がひと息つく。井戸の方角で、誰かが咳をして、自分の声を取り戻す音がした。
同時に、祈機の中心から黒い珠——祈珠が露出する。これが核。
夜菜「ここから先は——」
エイリク「任せて!」
彼の背から、爪痕の幻光が走る。一瞬だけ、彼の瞳の周りに金の光輪。エイリクは私の描いた環の上を滑り、祈珠だけを正確に叩き割る。
━━"パリッ"。乾いた音。
祈珠が砕け、井戸から白い吐息が立ち上る。家々の窓がすこしずつ開き、誰かが笑い、誰かが泣いた。
代償は、すぐに来る。地面が一瞬だけ乾きすぎ、次の瞬間には過剰に湿る。私の力は、水を偏らせる。だから封印が必要だ。
エイリク「二人で最強って、いいよね」
夜菜「……“最強”の定義は、壊さずに済ませること」
彼は笑い、私も少しだけ笑う。笑いは、水を常温に戻す。




