第39話 熔街、赦しの灰は通貨じゃない
熔街は脂の香と煤の粉に、桂皮の甘さが薄く混ざる。路地の灯は『赦しの灰』で点くのだという。赦した回数を刻む灰を持つほど、暮らしは明るい。誰の罪を赦したかは問題にならない。数字だけが歩く。
カイト・ウルフスパークが小さく舌打ちし、すぐ恥ずかしそうに帽子の庇をいじった。
カイト「ここ、笑うより赦すほうが税率高い。笑いは向こうで直したのに」
梟雪が袖を引く。
雪「赦せない子は、暗いまま」
私は火帳の『預かる熱』に縦線で禁止を引く。『赦しの計上——不可』。
夜菜「笑いを税から祝灯に変えたのと同じ手順で、赦しを“通貨”から“温度差の緩衝”に戻す」
ハヤブサは灯台配線を読み、ゲンボウが風で煤の流路を変え、アジサシは上空に細い索を渡す。零雅は布団や戸口の湿り核だけを【乾刃】で剥がし、カケス・フェローは矢を伏せたまま窓枠の角を丸く磨いた。角が鋭いと、熱も感情もそこへ集まって焦げる。
私は広場の掲示台に短く書く。『赦し=通貨に非ず。既出ルール適用:感情の課税撤回』。
最初に灯ったのは孤児宿の小部屋だった。赦しの灰を持たない子の枕元で、灯が豆粒のように咲く。回路の改善で点いた灯は、誰の財布からも減らない。
梟雪「……暗くない」
夜菜「暗くないように設計したから」
エイリクは私の死角に半歩寄り、声を短くする。
エイリク「君の“返す設計”が、街をゆっくり冷ますのを見てるのが好きだ」
私は返事の代わりに火帳へ朱を引く。『返シタ:赦しの通貨化』。匂いが少しだけ変わる。甘さが引いて、石松香の樹脂が顔を出す。街はゆっくり現実へ戻っていく。
そのとき、広場の端で黒い台が口を開いた。二枚皿の天秤——炭秤。皿に載せられるのは“怨の熱”。皿の底の煤目が呼吸している。
ハヤブサ「次は計量。怨熱を“仕事に回す”段」
零雅「刃は要らない。橋を架ける技を使え」
私は頷き、ミズガルズ・リングの罅を指で撫でた。一本のまま、乾いた線。ここで割ると、未払いが増える。ここで縫うと、働き口が増える。
夜菜「秤に行く。怒りを燃やさず、位置を決め直す」
合図は三回。踵で石を軽く叩く音が揃い、私たちは炭秤へ向かった。次の一歩で、この街の“甘い正義”は熱として並べ替えられる。赦しは通貨ではない。怒りは燃料ではない。どちらも、温度差の片側でしかない。私は火帳を閉じ、もう一度だけ匂いを吸う。樟脳、焦げ砂糖、柑橘白皮。涙の代用は、今夜は要らない。必要なのは、橋だ。




