第38話 火祀門、傷の持込は仕様変更で
火祀門は肉のアーチだった。石と肉の境目が曖昧で、触れると体温が返ってくる。濡字は冷酷に簡潔——『傷一つ、提出』。
トキ・ノクトウィンが私の手首で脈をとる。
トキ「泣けないぶん、傷の記憶が“乾きすぎる”。代用は匂いで補完できる」
私は鼻腔の奥で配合を組む。樟脳二、焦げ砂糖一、柑橘白皮〇・五、そこへ石松香を微量。皮膚の内側に“火傷の記述”だけを作り、【霙綴】の句点で縁を丸める。
夜菜「『原本は提出しない』——雷章と同じ。今回は“仮傷”で課金だけ払う」
アジサシが門の外に索の輪を置く。
アジサシ「過徴収なら引き戻す」
門の肌は一瞬だけ甘く曇り、私の掌に礼儀の火花が触れて離れる。━━"ぱち"。
ハヤブサ「徴収対象をΔTに限定。既出ルール適用で通過、良」
私は曇りに指で一語、『返シタ(仮傷)』。返したのは請求の形式だけ。本物の傷は私の編集権の下にある。
門の裏側には、赤い通路が胃袋のように収縮していた。歩く速度を上げるほど、壁が“赦して”くれる奇妙な優しさ。私は足を遅くする。やさしいは、たいてい早い。早いは、たいてい飲み込む。
零雅「刀は出さない。だが、飲み込む喉だけは裂ける」
夜菜「裂かないで、狭める。縁だけ固く」
私は掌で通路の縁に【雷環綴】の図形を熱用に再配置し、【熔環綴】のプロトタイプで“飲み込みの縁”を丸く固めた。噛みやすさは通行の自由に似ている。飲み込みやすさは支配に似ている。門は前者にだけ協力させる。
通路が解像度を落とし、匂いから甘さが一匙抜けた。私は胸の空洞に“抜けた甘さの温度”を保存する。泣けない代わりに、嗅覚で領収書を取るのは、もう癖だ。




