第34話 電縫の句点、声の代わりに回路へ打つ
夜はまだ続いていた。契約に従って私の喉は沈黙し、言葉は内側で字幕に変換されている。中庭奥の銅の回廊は胃袋のように収縮し、壁の鏡氷が半拍だけ先に私たちを笑わせようとした。氷の遅延は時間、雷の遅延は電位——似て見えて、噛み合う歯車が違う。私は胸の空洞にその一文を貼り付け、踵で三度、合図を地に刻む。
ゲンボウが風の筋を整え、アジサシは上段に細い索を引く。トキは私の脈へ指を置き、四拍の呼吸を目で示す。ハヤブサは粉で式を書く——過制御は破綻、余白を残すこと。エイリクは金輪を灯さず、私の死角を埋める。零雅は鞘口で空気の湿り核を掬い、刃を出さない。
天井の銅線がふっと浮き、断線皇の分体がほつれ糸の群れみたいに降りてきた。やさしい声色のまま、言葉を奪う手口だけが露骨だ。
断線皇の影「返セ。半拍。返セバ、救ウ」
私は首を横に振り、掌を床に置く。声の代わりに、書く。——電縫の句点。文の途中に、回路の途中に、小さな止めを縫い込む術。点の位置にだけ電位差が落ちるよう、【雷譜】の指示文を無言で展開する。
━━"ぱち"。礼儀正しい火花が句点へだけ降り、隣の文節は濡れずに済む。
ハヤブサ「ΔV、許容。句点の間隔を詰めすぎるな」
私は踵で三度、今のテンポを確認。ゲンボウの風が鏡氷の粘りを剥がし、アジサシの索が点と点を廊下の足場に変える。
カケスは矢を伏せたまま囁く。
カケス「必要なら、“口だけ”縫い止めます。でも今はまだ」
零雅「良い。刃を出さず、点で勝つ」
分体は“やさしさ”を増やしてくる。——返セ、返セ。繰り返しは親切の仮装だ。私は雷帳の余白へ素早く書き込み、壁へ転写する。
『繰り返し要求=課金対象』
請求書は反転し、私の句点にだけ落ちる。分体の糸は一本ずつ沈黙に縫い止められ、やがて床の濡字が変わった。——返シタ。
トキ「心拍良好。鍵氷は損なわれず」
エイリクは目だけで笑い、肩を軽く当ててくる。金輪は灯さない。灯台は光を惜しむとき、進路だけ示す。
私は最後の句点を一つ、分体の“接続点”へ縫い落とし、踵で三度。撤収の合図。分体はほつれを自分で畳むように萎み、やさしい停電の囁きだけを残して消えた。沈黙で勝つ。今夜の作法は守られた。




