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水鏡は半拍遅れて笑う-異世界最強の環の守護者、涙鍵の恋と逆ハーレム-  作者: NOVENG MUSiQ
第3章 雷脈は借りて返す ― 電流の神殿へ

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第33話 失語一夜、地絡の誓い

 夜は高圧の黒い布だった。導体街の灯は豆粒のように遠く、神殿の中庭には雨の前の空気が満ちる。契約の時刻が来て、私は喉の鍵氷を一度、そっと舌で押した。音が、内側から解像度を落とす。世界は急に、無言の字幕で運営され始める。


 トキ・ノクトウィンが私の手首に触れ、四拍の呼吸を指で示す。

 トキ「良い。言葉が出ないなら、句点を増やせばいい」

 エイリク・モルグストランドは金輪を灯さないまま、肩をすこし触れさせる。触れ方は灯台のようで、方向だけを教え、導かない。

 エイリク「僕は黙る。けど、消えない」


 中庭の床は、薄い銅線が網の目になっていた。私は踵で三度、地を蹴る。合図は合図として、十分。

『ここにいる/返す準備ができている』

 ゲンボウ・デーメルが風下を塞ぎ、アジサシ・グラスフェザーは索で短い架橋を作る。

 ゲンボウ「風、静か」

 アジサシ「落ちても、戻る路」


 やさしい声が、黒布の向こうから届く。

 断線皇「返セ。半拍。返セバ、救ウ」

 私は首を横に振る。その動きだけで十分だと、今夜は契約が保証してくれる。返さないものを決める権利は、私にある。

 ハヤブサ・アステリオンが床へ式を走らせる。

 ハヤブサ「“救う”と“黙らせる”は同じ電位を使う。言葉を巻き込めば敗ける」


 私は地面へ掌を当て、静かに書く。濡字は声の代替。——預り:仲間の静電。返却期:笑いの夜。——預り:孤児の祝灯。返却期:雨上がり。

 零雅は鞘口で空気を撫で、湿り核だけを剥がす。

 零雅「【乾刃】。刃は出さない。今夜は言葉よりも、触れ方が勝つ」


 断線皇の柔らかい誘いは続く。

 断線皇「返セ。やさシク、返セ」

 私は踵で三度、地を蹴る。『未読』。そして掌で地にもう一語。地絡(じらく)。安全な大地への接続。返す前に、まず繋ぐ。未払いを呪いにしないための基本。

 トキ「良い。呼吸維持。心配しない顔でいこう」


 カケス・フェローがそっと近づき、矢羽根で自分の喉を撫でるだけで済ませた。

 カケス「僕、撃たない。口だけ縫い止めるのは危ない夜だ」

 私は彼に短くうなずき、雷帳へ朱で『返シタ』の線を一本。返したのは“やさしさの催眠”の請求書。半拍は返さない。


 ほどなく、中庭の隅で雨が始まる。最初の一滴は、鍵氷を撫でる形で喉に落ちた。私は声を出さないまま、笑いを胸の中で小さく切る。笑いは税ではない。仕様変更済。孤児の寝所で灯る祝灯が、遠くで点いた気配がした。

 エイリクは目だけで笑う。金輪は灯さない。

 エイリク(僕はここ。君が“返さない”を選ぶ間、僕も選ばない)


 私は最後に、地へ一行を書く。

『預かり:半拍(編集権のもとに)。返却期:未定(私が決める)』

 濡字は雨に溶け、銅の網が静かに飲み込む。

 ハヤブサ「良い締め。過制御なし」

 零雅「負けなかった。勝ちも急がない」


 夜はそのまま深くなり、私は終始、喋らない勝ち方を続けた。沈黙は防衛ではなく選択。合図は三回、地面を蹴る音。句点が増え、未払いは増えない。

 やがて濡字が最後にひとつだけ浮く。——返シテ。私は指で重ねて書く。——返シタ。指先に残る冷たい匂いが、領収書。

 夜明け前、胸の空洞に新しい筆先が燻るのを感じた。電位に句読点を縫い込む感触。名は、きっと次の間でわかる。私はミズガルズを撫で、罅が一本のまま増えていないことだけ確かめて、目を閉じた。声はまだ戻らない。けれど、合図は残っている。次で——電縫の句点を打つために。

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