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水鏡は半拍遅れて笑う-異世界最強の環の守護者、涙鍵の恋と逆ハーレム-  作者: NOVENG MUSiQ
第3章 雷脈は借りて返す ― 電流の神殿へ

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第32話 雷精メリン、条件文で署名する

 祭壇は、譜面のような銅線が氷の下で走る広間だった。床は薄霜の紙、指で触れると語尾だけ先に溶けて意味が崩れる。天井の隙間から低い雲の腹が覗き、空気は雨の直前を予告する匂いで満ちる。私は雷帳を開き、余白に『協調:返す規範を破らない限り』と下書きする。


 白い影が降りる。翅は短く、目は硬質の青。

 メリン=アークフォイル「従エ、ト言ワレテ従ウ性質デハ無イ。式ヲ見セヨ」

 夜菜「命令文では動かないあなたへ。条件文で提案する」


 ハヤブサ・アステリオンが床へ式を描く。

 ハヤブサ「媒体差の置換。氷は温度、雷は電位。作業は同じ“返す”」

 私は頷く。胸の空洞で句点を増やし、編集の手順を整える。

 夜菜「条件提示。『私が“返す規範”を破らない限り、あなたは私の【雷譜】に協調する』。命令はしない」


 メリンは祭壇の端で少し笑う。笑いは音にならず、鏡氷が一瞬だけ白く曇る。

 メリン「試験。音ナシノ告白。声ヲ使ワズ、己ヲ述ベヨ」

 エイリク・モルグストランドが半歩出て、すぐ退く。

 エイリク「僕は伴奏。今は黙る」

 零雅「剣は喋らない。ちょうどいい」


 私は喉の鍵氷を舌で転がし、【霙綴】の句点を呼吸に合わせて打つ。告白は、匂いと足裏で行う。

 ——匂い。樟脳二、焦げ砂糖一、柑橘の白皮〇・五。涙一滴に換算する感覚。

 ——足裏。三度の合図。地を蹴る音で『私は返す。借りを未払いにしない』と打つ。

 ゲンボウ・デーメルが無言で風を整え、アジサシ・グラスフェザーが逃がし路を確保。ハヤブサは“誤差”を受け入れる余白を式に書き加える。

 メリン「読ンダ。告白ハ受理。ダガ——代償ガ要ル」


 祭壇の氷が薄く鳴り、濡字が浮かぶ。——一夜、失語。

 トキ・ノクトウィンが私を見る。

 トキ「生理的には可能。四拍で凌げる。合図は残る」

 エイリクの金輪が灯りかけて、止まる。

 エイリク「君の言葉を、僕が勝手に代弁しない。けど、隣にいる」


 私は雷帳へ朱で線を引く。

『代償:一夜の失語(可逆)』

 そして祭壇の縁に小さく脚注を書く。

『私が“返す”を破らない限り』

 メリン「署名ヨシ。条件文ノ盟約、成立」

 私は掌を差し出し、メリンの指先と短く触れる。━━"ぱち"。礼儀の火花。胸の空洞に新しい楽器の影が置かれる。名前はまだないが、文に句点を縫い込む予感がある。

 ハヤブサ「契約は命令形を含まない。良い」

 零雅「従わせず、従えず。だが一緒に動く」


 広間の空は低く、雨の鉄が濃くなる。私は鍵氷を喉で確かめ、声を試す前に唇を閉じた。代償は夜から。いまのうちに、語尾の余計な湿りを置いていく。

 夜菜「合図は三回、地面を蹴る音」

 皆がうなずく。私は胸の空洞に句点を一つ増やし、沈黙の準備を始めた。次の間は、夜明けまでに通すこと。夜になれば、私は声を手放す。声のない返し方を、ここで覚えるために。

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