第27話 導体街の孤児、笑いは税じゃない
導体街は銅の匂いが風で丸められ、路地の角ごとに薄く違う調合で鼻先へ届く。床は金属粉を混ぜた石畳で、靴底に微かな痺れを残す。人々は髪を寝かせる櫛を常に携え、笑えば毛先が立ち、怒れば跳ねが収まり、泣けば静電の帯が細くなる。街が感情を配電している。私は胸の空洞で、その仕組みを棚に並べる。未払いの感情は、漏電の別名だ。
工房の前で少年がこちらを見た。頬に煤の跡、掌は細い傷で塗り込められているのに、目の中の金属光沢は柔らかい。
カイト・ウルフスパーク「名はカイト。雷脈の配管屋」
エイリクが笑い、零雅が軽く頷く。
夜菜「水帳で覚えた“預かりと返し”を、雷帳の作法へ写し替える。笑いは税じゃない。仕様から直そう」
カイトは目を見開き、胸の前で工具袋を握り直す。
カイト「なら、孤児の寝所から静電を抜いてほしい。笑うと髪が立つから、皆、笑いを我慢する」
年長の少女が、遠慮がちに前へ出る。
梟雪「笑うと……怒られる。火花が布団に落ちるから」
私は彼女の声の“息の温度”を測る。怖さが先に喉を乾かしている。
夜菜「笑いは税じゃないし、罰にもならない。課金対象を入れ替える」
ハヤブサは宿舎の壁配線を見て、粉で床に簡単な式を描く。
ハヤブサ「“笑いは帯電”を“笑いは地絡のトリガ”に再定義。RC定数を長めにして、急な放電を潰す」
アジサシは狭い路地の上に索を張り、小さな避雷線を何本も走らせる。
アジサシ「逃がし路、天井にも。雨の前に終わらせる」
ゲンボウは風下を塞ぐ位置に立ち、室内に入り込む埃の向きを調律する。
ゲンボウ「粉が湿る前に」
私は雷帳の『預り』欄に、孤児たちの“静電の借り”を集合名で記す。名前は書かない。名は軽くしない。代わりに、寝所ごとの回路名で記録する。
夜菜「預かる。返す期日は、笑いが自然に起きた夜」
トキが頷き、子らの喉元に掌を重ねる。
トキ「呼吸四拍。吐く長め。恐怖の波形は可逆」
カケスは弓を伏せ、矢尻で窓枠の角を小さく磨く。
カケス「角が鋭いと、ここに電気が集まる。丸めます」
零雅は鞘のまま、布団の縁を撫でる。薄い湿りの核だけがふっと消え、毛布が少し重くなる。
零雅「【乾刃】。濡れた怖さだけ断つ」
カイトは工房の奥から巻き取った細線を渡してきた。
カイト「これを通すと、笑いの頃合いでだけ光る。税徴じゃなく、祝灯」
私は線の被覆の手触りを確かめ、【氷継の環】を一筆。“切る武器”を“渡す足場”に転用する要領で、線の節を足場へ変える。
夜菜「祝灯の仕様、採用」
ハヤブサ「式、良好。過制御の予兆なし」
その夜、小さな寝所で最初の笑いが零れた。梟雪が布団の端で肩をすぼめ、でも口元だけは隠さずに笑う。髪が少しだけ立つ。祝灯が豆粒みたいな光を一つ、静かに咲かせた。火花は出ない。
雪「……怒られない」
夜菜「怒られないように設計したから」
私は雷帳の『返シタ』に朱を引く。笑い一粒、返済完了。濡字が壁に浮かび、すぐ消える。——返シタ。
エイリクが私の死角にひと足寄る。
エイリク「君の“返す設計”、やっぱり好き」
夜菜「未払いは呪いの言語で来る。呪いは読めるけど、読まないで済むほうが良い」
カイトは照れたように帽子の庇をいじり、工房の奥を顎で示した。
カイト「雷脈の主脈は、神殿核へ降りる螺旋の下。案内、できる」
街角の銅像は、感情の配電盤としての仕事を終えて静かに立っていた。私は銅像の台座に指で短く書く。
『笑いは税ではない。仕様を変更済』
狭い路地に夜風が通り、粉の匂いと金属の匂いの配分が少しだけ変わる。
合図は三回、地面を蹴る音。孤児たちの小さな踵が遅れて三度鳴り、それに私たちの音が重なる。
ハヤブサ「回路、持った。次は“線を切る者”だ」
零雅「断輪は振幅を壊した。断線は接続を切る。内側で孤立させる皇帝」
私は頷き、雷帳の余白に“断線皇”の名を薄く置く。書いた時点で、返す約束の第一行が始まる。
夜菜「行こう。未払いを作らない歩き方で」
導体街の祝灯が細く点々と揺れ、私の胸の空洞に薄い霜のきらめきを置いていく。泣けない代わりに、句点が増えた。次で秤が待つ。嫉妬も、軽率も、未払いを呪いにしないための手順を持って。




