第24話 従えず、従わせず、連れて行く
氷の神殿の天蓋へ戻ると、天井の霜が星座を模していた。スワンが翼で東を指し示す。そこは雷脈、電位差の図書館。
スワン「わたしは命令で動かない。けれど、あなたの“未完”には同行する」
夜菜「未完は、物語の防腐剤。腐らせないために、つづきを書く」
私はミズガルズ・リングに触れる。罅はまだ一本、増えていない。胸の空洞は静かで、保存容器の蓋はきちんと閉まっている。
エイリク「合図は三回、地面を蹴る音」
夜菜「了解。息は大事に」
零雅「護る。氷上でも、砂上でも」
カケス「返し切るまで、転ばない。……予約制の冗談、あとで一つお願いしても?」
夜菜「番号札、二番」
ハヤブサ「雷の神殿は記録媒体が異なる。“電荷”で書かれた書庫だ。式を組み替える」
ゲンボウ「雲の厚みを見る。風下は岩稜、避難線は三本」
アジサシ「補給を再設計。橇を捨て、架索を増やす」
トキ「誰かが泣けないなら、他の誰かが湿度を持つだけ。水帳の“預り”欄、継続」
私は皆の顔を順に見て、胸の空洞に小さな句点を置く。ここまでの“返シタ”の総計が、私たちの体温だ。
——返シテ。
遠い氷の奥から、濡字のささやき。私は指で空に返シタを書き、同時に新しい欄を開く。《雷帳》。借りる電位、返す放電、危険の閾値。氷の章の簿記はここでひと区切り、つぎは雷の文法で続ける。
スワンは翼を一度だけ大きく振り、白呼気の匂いを薄く残す。私は鍵氷の気配を喉に確かめ、【霙綴】の筆先を軽く振ってみせる。
夜菜「従えず、従わせず——連れて行く」
私の声は命令形ではない。けれど、同行の強度は命令より強い。足並みの音が三回、氷の上で短く鳴った。合図は合図として十分。私たちは東へ。感電の文法で、世界の継ぎ目をもう一度縫うために。




