第22話 嫉妬の色、赦しの密度
休息の夜。氷のテントは呼気で内側だけ曇り、外は針で磨いた硝子みたいに硬い星空だった。私は外へ出て、氷と星の接点を指でなぞる。触れた指腹が、静電気の前の空気みたいにさざめく。胸の空洞は相変わらず冷蔵庫の棚で、言葉の保存容器を整然と並べている。
エイリク・モルグストランドが後ろからやって来て、わざと雪をきしませる。
エイリク「ねえ、夜菜。君が誰の方を先に見るかで、僕は機嫌を学ぶ」
夜菜「学習が早いのは、危険。期待が先回りするから」
エイリク「嫉妬の色は、金とは限らないよ」
彼の瞳の金輪が、今夜は明滅を我慢している。抑えたままの光は、灯台の慎重さに似る。
零雅は少し離れた所で鞘を布で拭い、刃は出さない。乾いた布の摺れ音が、氷上では逆に温かい。
夜菜「私は“返す”を選んできた。誰にも奪わせないために。でもね、たまに“預かる”もしたい。返すまでの間だけ、責任を私に置きたい」
言いながら、水帳を開く。欄外に「預り」の小さなコラムを増設する。借りも返しも“未払い”を作らないための器だ。
トキはテントの影から顔を出し、私たちの呼吸間隔を数える。
トキ「四拍維持、良好。涙腺は抑制継続。胸の圧は“語彙の増加”で逃がせてる」
ハヤブサは星図の端と氷脈の割れ目を照らし合わせ、『この章の余白』を指差す。
カケス・フェローが両手をこすりながら近づいた。膝は包帯で固定され、痛みは表情から退居中だ。
カケス「僕も、次で返す。未払いは寝覚めが悪いから」
夜菜「寝覚めより、目覚まし。返すときは起こして」
皆が笑う。私だけ泣けない。でも胸の空洞に、薄い霜がきらめく。涙の代わりの結晶。
そのとき、白い影が風の縁で翼をたたんだ。スワン=アヴァローム。白呼気は氷砂糖と樟脳の匂いを少量だけ混ぜ、場の温度を均す。
スワン「あなたは“預かる”と言った。預かりは、返すための前置き。よろしい」
私は頷き、胸の中の句点を一つ増やす。笑いの予約は、明日の朝に回す。いまは保存——そして、体温を分け合う順番を決める。




