第20話 氷の主、白鳥の名
聖殿核は、静脈の色をした光で満ちていた。氷床の微細亀裂は、世界の疲労の地図。私は【氷継の環】を細くひと刷毛、もうひと刷毛。つなぎ過ぎない。周回のうち一か所だけは意図的に“縫わず”に残す。逃がし路は、祈りにも物理にも要る。
白い気流を背にまとった存在が、無音で降りる。スワン=アヴァローム。吐く息は白呼気、氷砂糖と樟脳を混ぜたような匂いが一瞬で空間の重心を上書きする。
スワン「従わせるのか、従うのか。選びなさい」
夜菜「私は“編む”。従属でも支配でもない、縫い目の関係」
スワンは氷翼をたたみ、私の喉の鍵氷へそっとくちばしを触れた。凍った熱が、触れた場所から内側へ咲いていく。不思議と痛くない。
ハヤブサ「観測。相手は“命令文”では動かない。条件分岐でのみ応答」
私はうなずく。ifで書かれた同盟。
夜菜「条件提示。『私が“返す”規範を破らない限り、あなたは私の【氷継の環】に協調する』」
スワン「受諾。だが、あなたは“従える”を欲している」
夜菜「欲して“はいない”。けれど——章の要件として、一節だけ従属条を置きたい」
私は掌を掲げ、氷床に細字で脚注を刻む。
『緊急の一度に限り、スワンは夜菜の指示に絶対随従。それ以外の場面ではif契約に従う』。
スワンはしばし沈黙し、白呼気をひとつだけ吐く。
スワン「美しい妥協は、強い。あなたの涙は、凍りながら燃える」
エイリクが小さく笑う。
エイリク「君の“従えず、従わせず”に、非常口が付いた」
零雅「非常口は、出口の形をした責任だ」
私は頷き、逃がし路をもう一度確認する。世界は、逃げ道を確保した者から守れる。




