第14話 氷背を渡る、白い息の橋
夜の氷海は、厚さを油断で測らせる。見た目の白は均一でも、温度勾配の匂いは均一じゃない。ゲンボウが身を屈め、霧の層の厚みを手で掬い取る。
ゲンボウ「西から薄い帯が降りる。足裏で測る前に、風で測れ」
アジサシは帆布と索で仮の**氷橇路**を敷きながら、荷の重心を調整する。兵站は未来の安全を融かして、現在の速度に置き換える技術だ。
ハヤブサは足音の周波数と反響の遅延で氷厚を式に落とし、チョークで橇の鼻先へ記号を置く。
ハヤブサ「ここは一次関数。こっちは対数的に薄い。選ぶなら、静かな方程式へ」
私は【蛇影冥衣】を薄く展開し、反射で見失いがちな縁の部分に銀の輪郭を与える。目に見える安心は、足裏の裏切りを減らす。
そこへ、群れが現れる——氷狐。いや、氷狐の形で“数”を崩しにくる知性体。足跡の数が個体数と一致しない。認知に氷砂を混ぜて、足を踏み外させる罠だ。
カケス「僕、前にやらかしたから……今回は外さない」
彼は弓を引く。星明りを水鏡に跳ね返し、反射線を三度折り曲げ、幻だけを留め具に縫い止める。矢は当たるより先に“道”を作る。
零雅が一歩前に出る。鞘走りの音は最小。
零雅「【乾刃】」
見えない乾きの刃が、幻の足場だけを切り落とす。水分子同士の握手をほどいて、危ない“面”を無害な“粉”へ戻す手際。切り口から立つのは、冬の紙の香りに似た乾香。
エイリクは私の死角にぴたり寄り添い、金の輪を明滅させつつ、冗談をひとつだけ投げる。
エイリク「もし氷が落ちても、僕のギャグが受け止める」
夜菜「沈む前提で話さない」
彼は肩を竦めて笑う。笑いは、怖さの形を一度壊してくれる。
橇は白い息を柵みたいに連ね、ひと息分ずつ前へ進む。足裏の感触が硬から柔へ、柔から硬へと移り変わるたび、私は胸の空洞を指で撫でるように意識する。泣けない空洞は、空っぽではない。ことばと選択で満たされる余白だ。
渡りきった先、風はミントより清潔で、匂いに祈りの粉が混ざっている。氷域の祈りは乾いた音で鳴るから、耳殻に残響が長い。
アジサシ「前方、地形が変わる。平面じゃない、“胃”の曲率がある」
胃。その比喩は正しい。遠目に見えてきた門は、吐き気の形に似ていた。私たちを“内部へ運ぶため”に、先に温かい記憶を吐かせようとする。
ハヤブサ「門の素材は鏡氷。反射の遅延が設計に入っている」
ゲンボウ「霧は薄い。けど中で滞留する」
トキ「心拍を少し落とす。呼吸は四拍、吐きを長く」
私は頷き、ミズガルズを一度だけ撫でる。封印は閉じたまま。鍵は喉にある。準備は“怖さを分割すること”。未払いの恐怖は利息が高いから、ここで払える分だけ先払いしておく。