第11話 断輪王、世界の継ぎ目から
静けさは穴を開ける。村はずれの浅い池の中心で、銀の滴がひとつ落ち、同心円が縫い目みたいに広がった。滴は、私の指の輪の縁からにじんだものだ。封印は閉じているのに、世界の内圧が『ここが薄い』と知らせてくる。
断輪王「守護者。最後の縫い目は、お前だ」
声は水面の裏から届く。続いてくるのは、乾きと氾濫の交互打ち——足首が冷えたと思えば土はひび割れ、呼吸ひとつ遅れると膝まで水が上がる。断輪潮。私は舌に土の粉と湿りの塩味を同時に感じ、怒りが喉の奥で熱に変わるのを押しとどめた。
夜菜「私を壊せば、君も壊れる。継ぎ目は両側が揃って縫うものだよ」
封印が軋む。私は薄皮一枚だけ鍵を緩め、【蛇影冥衣】を最大展開——けれど流れの調整を先に置く。
ハヤブサ「回路提示。乾きから氾濫の反相を作る」
砂地に描かれた式を、私は【環】でなぞってクロスステッチに組み替える。
ゲンボウ「氷膜、展開。反射角三十。鏡にする」
浅池の肌が薄く凍り、私の銀光を多重反射で束ねる。
カケス「射線、六。水鏡跳矢、いける」
六本の【水鏡跳矢】が、渦の縫い目だけを穿つ。
アジサシ「潮路、外輪に逃がし路。溢れを運河で分散」
トキ「村人の息が乱れる。鎮息を唱える」
それぞれの手が、水態の別々の側面を押さえ、私の中心へ集まる。エイリクはぴたりと死角に寄り、背から爪痕幻光を走らせた。
エイリク「夜菜!」
私は前へ出る。呼ばれた名が世界の座標を固定する。
夜菜「【環咬】」
噛み切らず、渦の核に嚙み合わせる。乾きと氾濫の振幅を同相に束ねると、渦は自分で自分を縫い始めた。
断輪王「……縫う者よ。ならば、己の身で塞げ」
視界が白に跳ね、瞳の周りに銀の光輪が広がる。同時に、指輪に最初の罅が走った。世界の重みが、ひと筋、私へ移る感覚。
夜菜「その選択は、まだ先にする」
私は膝をつき、封印を再び閉じる。浅池は静まり、ただ同心円の跡だけが残った。
ハヤブサ「勝ち、ではない。保留だ」
夜菜「保留で十分。今はね」
零雅は霧の縁を見張り、ゲンボウは氷膜の薄さを測る。誰も倒れていない。それが、今の“最強”の定義だ。