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第1話 呪いで落ちる

挿絵(By みてみん)

 人気投票の紙は、教室では拍手、放課後の神社では呪符(じゅふ)になる。名前の横にいたずら書きされた蛇の絵が、今日は手首に貼り付いた。痛くない。なのに体温だけを吸う。

 境内の片隅、石灯籠の陰。私——水戸(みと)夜菜(よるな)——は深呼吸を三度。静かに剝がして、二度目をためらって、三度目で笑う。明日には皆、忘れる。あの子たちは“面白半分”の専門家で、“責任”の初心者だ。私は、ため息の専門家で、報復の初心者。

 手を清めようと手水舎の前に立つ。手水鉢(ちょうずばち)は空だった。…はずなのに、覗き込むと、水が私を覗き返した。

 映っているのは顔。けれど、私より一拍早く瞬きする私。

 逃げない。こういうとき、逃げると世界が「こいつは獲物」と学習する。私は学習装置の前では、いつだって優等生だ。

 掌に貼りついた呪符を、石の縁で折り畳む。━━"ぱち"。青白い火が走った。火は私を焼かず、下へ向かって落ちていく。足も、視界も、同じ方向へ沈む。

 水の匂い。遠くのプールじゃなく、もっと古い井戸の匂い。水は一度見たものを忘れない、と誰かが言っていた気がする。水が覚えている“どこか”へ、私は落ちた。

 暗闇。いや、暗闇の密度。そこに、声がある。水が喋る——水声(みずごえ)

 「……よ、る、な」

 私の名前を、まだ知らない誰かの声で呼ぶのはやめてほしい。

 底につく感覚はない。代わりに、膜を破る。薄い氷菓子を舌で割るみたいな手応えのあと、世界が光った。


 見知らぬ空。樹脂と湿った葉の匂いを濃く塗った樹海。私の右手には——黒曜石みたいな指輪。蛇が尾を咥える意匠。ミズガルズ・リング。

 視界に文字が浮かび、波紋のように歪む。

 【ステータス】

 ・種族:(リング)の守護者

 ・称号:滅びの予兆/森の魔女(仮)

 ・主能力:【環廻の龍脈】/【蛇影冥衣】

 ・警告:封印具を解除しないこと

 私は指輪をはめる。ぴたりと合う。冷たいのに、鼓動は温かい。

 夜菜「……説明書のない人生、また始まったね」

 笑う。笑うのは、生きている証明。ここはどこ? 世界はだれ? 私の役割はなに? 質問は走るが、足取りは歩く。樹海の匂いは正直だ。怖いのは匂いじゃない。匂いを覚えている水だ。

 落ちる前に覗いた手水鉢の“私”は、だれだったのか。水は境界——そう仮定して、私は森の奥へ進んだ。境界の向こう側で、私は、こちら側の私になる。

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