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宮廷の厨

翌早朝、まだ眠い目をこすりながら胡桃は起き上がる。

工房では兄が、今日持っていく菓子の準備をしていた。

醤油ダレはツボに、蕎麦の実は袋に詰められ、海苔は木箱に入っていた。

どうして作っていかないんだろう?

菓子を作らず材料だけを準備しているのを不思議に思った胡桃は、兄に聞いた

「なんで材料をつめてるの?」


「蕎麦の実はすりたてが一番香りがいいんだ。だから宮廷内の(くりや)を借りて、出来立てをふるまうんだよ」


なるほど、さすが一流の御菓子司・・・一切の妥協を許さないストイックさ。

わたしも見習わなければ。


荷車に材料をのせ終えた兄が声をかける。

「準備もできたし、早めに行こうか」

胡桃もさっと髪を結い着替えを済ませ、兄とともに宮廷に向かう。


何度か来たことがあるが、何もかもが凄まじい・・・この朱雀門という正門なんて人一人ではとても開けれそうにない。

とは言っても我々のような身分の者たちは、正門から入ることは許されないので通ることはまずない。

正門を横目に裏手の小さな門へ向かう。

「お待ちしておりました」

中から案内人がやってきた。

「本日はよろしくお願いします」

兄がお辞儀をする。

「中へどうぞ」

正門とは違い質素なつくりで、あまり堅苦しくない。

こっちのほうが我々にはあっている。

このあたりは侍女や侍従が使う場所のようで、外の街とさして変わりない見慣れた感じがして落ち着く。


(どんな調理道具や食材がおいてあるのだろう、楽しみだな)

胡桃は、この国で最も優れた(くりや)を見ることができると胸を躍らせていた。


「こちらをお使いください」

屋敷一軒分はあろうかという広い部屋には(かまど)が六つ、大きな調理台が真ん中にあり、大中小の鍋、用途によって使い分けているのであろう包丁など、様々な調理道具がきれいに整頓されている。

壁一面の大棚には珍しい食材や香辛料などが、所狭しと並んでいた。

どれをとっても我々庶民が手にすることのない一級品であることは、間違いない。

砂糖に塩、あれは胡椒(こしょう)だろうか?思わず匂いを嗅ぐ胡桃

(へっくしょん!)

盛大にくしゃみをする胡桃


胡椒で間違いないな・・・グスン

鼻水をすすりながら思い出す

以前、南蛮の商館で胡椒の香りを嗅いだ時も、くしゃみが出た記憶がある。

高価でとても手が出なかった品が今目の前に・・・味を確かめてみたい

うっとりする胡桃。

胡桃の好奇心が最高潮に足したとき

「おい胡桃!勝手に食材に触るなよ!首が飛ぶぞ」

「はーい」

危ない危ない・・・

ここは宮廷の(くりや)、怪しい動きをしていれば毒を盛ったり、盗みを図るのではないかと疑われてしまう。

首が飛ぶ自分の姿が思い浮かべる胡桃。

そうなったら大変だ・・・おとなしくしておこう。


おっあれは高麗人参(こうらいにんじん)かな?あっちは(つばめ)のなんだったけ?ここにある食材だけで、屋敷が何件も建つぞ!

のんきに食材を観察する胡桃とは違い、兄は厨の中で今回の菓子作りに使えそうなものを物色している。

すると奥から何やら大きな竹で編まれたかごを持ってきた。


「こんな大きな蒸篭(せいろ)があるのは助かった。さすがにたった二人では、店から調理器具まで持って来ることはできないからな。ここは何でもあると思っていたけど、想像以上だ」


かごに見えたのは、三段に重なった大きな蒸篭だった。

兄は持ってきた材料を調理台に乗せていく。


「これから菓子を作るから、お前は外に出て待ってろ」

「はーい」

蕎麦の実じゃなかったらわたしも手伝えたのにな・・・

もっと厨の中をじっくり観察したかった。


厨は先ほどいた場所とは違い王宮内にある。

どこを見ても豪華なつくりをしているな

(落ち着かない・・・)


「見て!あそこにおられる方!きっと桔梗(ききょう)の方様よ」

「てことは(むらさき)御子(みこ)さまもご一緒かしら?」

「またお顔を隠されているのかしらね」

何やら女中たちが騒いでいた。

彼女たちの視線の先に目を向けると、見覚えのある真鍮(しんちゅう)のような美しい髪色・・・一条家の奥様!

なんでこんなところに?しかもここは王宮内だぞ・・・。

いくらいいとこの奥様だろが簡単に入ることはできないはず・・・。


しかも厨のほうに向かってくる!


こちらを見て手を振る奥様。

「桃屋のおじょうさん?胡桃さんといったかしら?」

「はい、先日はありがとうございました」

「何やら今日のお茶会は、御菓子司が出来立ての甘味をふるまってくださるという噂を聞いて、厨を覗きに来たの!まさか桃屋さんだったなんてビックリね」

無邪気にわらう奥様。

かっ・・・かわいい。


それから奥様は菓子作りを見てみたいと言い厨に入られた


(一条家の奥様は、なぜ王宮内でこんなに自由にふるまえるんだ?まさか帝のお手付き?いや・・・それならあんな山の中に住んでいるはずはない。)

謎は深まるばかりだ・・・


「奥様~!」

左衛門が走ってこちらに向かってくる。

あのじじい・・・年甲斐もなくエネルギッシュすぎるだろ

「桃屋の娘さん、奥様がここに来られましたかな?」

「厨のなかで兄の作業を見ておられます」

「やはりここでしたか」

そういうと厨の中に左衛門も入ってしまった。

するとすぐ左衛門に連れられて奥様は外に出てきた。


「もう少し見ていたかったわ」

「そうはいきません、主上(しゅじょう)がお呼びですので」

奥様は残念そうに厨を後にした。


それから少しして兄が出てきた。

「胡桃待たせたな完成だ、配膳はここの侍従たちに任せるから、私たちは先に大広間へいくぞ」

今日は王宮内の大広間で、お偉いさまを集めた茶会が開かれる。

いつもなら早朝に菓子を献上しているので、茶会の様子を見ることはない。

菓子を渡して毒見役が確認し、問題なければそれで終わりだ。

だが今日は違う・・・茶会ギリギリで完成させ、茶会の最中に毒見役が皆の前で確認し、何事もなければ高貴な方々が召し上がるのだ。

せっかく来ているのだからと、菓子の説明もするようにと言われていた。

頑張れ兄・・・わたしには、横で見ているぐらいしかできることはない。

緊張する兄の横で、のんきに大広間へ向かう胡桃なのであった。

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