青い目のお誘い
「約束の時間を過ぎても桃屋さんがいらっしゃらないので、お迎えに参りました、このような所にいらっしゃったのですね、ずいぶん探しました」
道を外れて紅花を探していたのに、よくわたしを見つけたなこのじいさん
はて約束の時間・・・
・・・・!!
空を見上げる胡桃、太陽は真上を過ぎている。
兄の言葉を思い出す。
『お昼までに届ける約束だからな』
・・・しまった!
全身の血の気が引き冷汗が背中を流れる。
ヤバイヤバイヤバイ
紅花に夢中で、気づけば昼時を過ぎているではないか!
「申し訳ございません左衛門さん・・・つい紅花に夢中で」
「お気になさらず、八つ時に間に合えばよいので、一条家にはじめての使いと伺っておりましたので、迷っているのではないかと心配しました、ここからはわたくしがご案内いたしますので」
左衛門さんはそう言うと私を屋敷まで案内してくれた。
屋敷に行く途中で紅花も取らせてくれた。
20分は歩いただろうか、見渡す限りの木々が急に開けたと思うと、朱色の大きな門が現れた。
「ここが一条家の屋敷にございます」
左衛門が扉をゆっくりと開いていく。
「どうぞお入りください」
重厚な門構え、中に入っていくと掃除の行き届いた庭に屋敷、これはなかなかの人数が屋敷に仕えていると見た。
こんな山の中にいったいどんな奴が住んでいるんだろう。
それにしても兄の地図・・・
確かに大きな塀に囲まれていて屋敷が中に何件もあるが、ここまでの規模とは。
それぞれの屋敷の場所も一応あっているのがこれまた憎らしい。
にしても立派すぎる、目がくらみそうだ。
「こちらが母屋でございます。さぁどうぞ」
左衛門が戸を開けると広い玄関が広がる、同時に甘く優雅な香りに胡桃はうっとりする。
匂いのするほうを見ると香がたいてあった。
思わず香に近づき匂いを嗅ぐ胡桃。
左衛門は少し戸惑っている
(これは以前交易品で手に入れたバニラという香料のかおりだな・・・)
あんな高価なものを玄関に、なんて贅沢なんだ!!
バニラを使った菓子を作ってみたいが・・・兄に全部使われてしまったからな。
実に羨ましい。
(ジュルリ・・・)
「桃屋さん、よだれが」
「これは失礼しました。バニラのかおりがしたもので」
「よくご存じで、そちらバニラを使っております」
「ここに来た方たちがリラックスできるようにと置いているのよ、バニラには人の緊張をほぐす効果があるの」
「奥様・・・!」
左衛門が身構える。
そこには真鍮のようにきらめく長髪、海のような青い瞳、雪のように白い肌の奥方が立っていた。
(南蛮人か?交易品を買いに連れて行ってもいらったときに商館で見た南蛮人の特徴と一緒だ、どうしてこんなところに・・・しかも屋敷に住んでいる)
「あなたが桃屋の娘さん?柚子葉から話は聞いていますよ」
柚子葉とは胡桃の兄である。
「次の配達は帝に献上する菓子作りで忙しいので妹を使わすと」
(まぁいい、あまり考えても仕方ない、私はただの桃屋の使いとして来ただけなのだから)
「はい、兄からこちらを届けるようにと頼まれました」
木箱を開き桃の花の練り切りを見せる胡桃
「あら今回もとても綺麗ね、紫蘭もきっと喜ぶわ」
紫蘭?まぁそんなことはどうでもいい。
早く帰って、さっき摘んだ紅花から御料紅を作りたい。
椿の練り切りもいいな、鯛を模した干菓子も作ってみたい、あぁはやくうちに帰らねば。
「それはよかったです。ではわたしはこれで失礼します」
自分の責務は果たしたと言わんばかりに胡桃が颯爽と帰ろうとすると
「桃屋の娘さん、よかったら一緒にお茶でもどうかしら?」
にこやかにこちらを見つめて私の返事を待つ奥様・・・無言の圧力である。
断れば角が立ちそうだ・・・けど高貴な方々の茶会なんて息が詰まるのは目に見えている。
ここはうまく切り抜けなければ!
「奥様、大変光栄なのですが私のような半人前のしがない菓子屋の使いが、奥様のような高貴な方とお茶など滅相もございませ・・・」
「そんなことはないわ」
食い気味に答える奥方。
「こんな山奥じゃお客もほとんど来ない、それにこの屋敷の中では身分なんてあってないようなものよ、あなたみたいな妙齢な女の子と話す機会もめったにないもの、ぜひお話がしたいわ」
確かに屋敷の中には年増の侍女と侍従しかいない・・・寂しいのはなんだかわからなくもないが
「しかし・・・」
奥方がウルウルした目でこちらを見ている・・・困ったなどうするべきか
そういえば兄がよく言っていたな、
『菓子を作るだけじゃ商売は成り立たない!お得意先にいかに気に入ってもらうかだ!』
美味しい甘味処など探せばいくらでもある、その中でどうひいきにしてもらうかは、やはり人と人との繋がりなのだろうか。
ここは兄のため、桃屋のために一肌脱ぐ時なのかもしれない。
が・・・気が重い。
しばし沈黙した後胡桃は、腹をくくるか。
胡桃を見つめる奥方、吸い込まれそうな美しい青瞳には抗えない。
「母上、気が乗らぬものを誘うのはかわいそうです、その辺にしてあげてください」
艶やかな声・・・思わず胡桃は声のする方へ眼をやると
この美しい母君をも凌駕する美しい青年?はたまた美女?
艶やかな留紺色の長髪、均整の取れた高い鼻、母君と違う橄欖色の瞳、身丈六尺はあるだろう。
「あら紫蘭帰ってきたの」