桃屋の娘
菓子の配達に行ったら変な奴に目を付けられてしまった・・・
菓子職人として宮廷御用達の御菓子司を目指す胡桃は、先祖代々宮廷に和菓子を献上している甘味処【桃屋】の娘だ。
父が病に臥せてから父に代わって菓子作りを担っている兄に、和菓子のいろはを叩き込まれながら雑用を任されることもしばしば。
そんな胡桃だがとある配達で出会った名家の息子に翻弄されることになる。
あぁ菓子作りに専念したい・・・今日も胡桃は天を仰ぐのであった。
「おーい胡桃!配達にいってくれ」
店の奥から兄の声が響く。
私の家は、代々御菓子司として宮廷に御菓子を献上している老舗の甘味処だ。
「なーに?兄様」
兄は3年前、父が病に臥せてから父に代わってこの甘味処【桃屋】の御菓子司として毎日菓子を作っている。私もいつか兄のような立派な菓子職人になるのが夢だ。
「一条家にこれを届けておくれ」
兄の手の中にある雅な木箱の中には、決して豪華とは言えない
質素な桃の花の練り切りが6つ入っていた。
「またこれ?こんなの私でもつくれるやつだな。」
「まぁそう言うな。坊ちゃんがこの菓子が好物なんだ」
地味ではあるが品のいい桃色に滑らかな質感、味はきっと上品な甘さと、しっとりとした口触り
想像するだけでよだれが出る。
昔、父に桃の花の練り切りの作り方を教わって練習したのが懐かしい。
これを頼む坊ちゃんとやら、金持ちのくせに意外と地味なやつなんだろうな。
「胡桃よだれでてるぞ・・・」
「味を想像したらつい」
「早く配達にいってきてくれ、昼までに届ける約束だからな」
「はーい」
一条家は桃屋のお得意様で週に一度、菓子を頼んでくれるのでいつも兄が配達に行っていた。
しかし今日は宮廷に献上する菓子作りがなかなか難航しており、兄は配達どころではないので私が行くことになった。
「地図はこれ!デカいお屋敷だから行けば一目でわかるさ」
兄は何でもこなす天才肌だが地図を描くセンスはない
よくわからない線と大きな四角の中に小さな四角が複数そして、その中でも大きく黒く塗られた四角が目的のお屋敷なのだろう。
(この地図を頼りに行けるところまで行ってみるか)
聞くところによると名家というのに山の中にあるみたいで、まるで何かから隠れるようにひっそりと存在している。
(西の山のほうに行くのは久しぶりだな・・・)
あれは7歳の頃だっただろうか、西の山には狐が出るから近づくな。
化かされて魂を取られると、噂になっていた。
噂などに興味のなかった私は、父から教えてもらった菓子の色を付けるための材料の中でも、ひときは美しい色に仕上げることのできる御料紅の原料、紅花を探しに西の山に通っていた。
(なつかしいな、昔と何一つ変わりない)
西の山までは家から30分ほど歩いたところにあり、人の出入りがあるので、開かれた道が続いている。
きっとこの道を進んでいけば一条家にたどり着くのだろう。
あの頃は紅花探しに夢中で、道の先に何があるのかなんて興味もなかった。
御料紅をわざわざ自分たちで作らなくてよくなってからは、ここに通うことも無くなっていたしな
(そういえばこの辺に紅花の群生地が・・・あった!)
(ふふん!私の記憶もなかなかやるものだ)
ニヤつく胡桃すっかり紅花採取に夢中になっていた。
すると背後から何やら人の気配が!
「桃屋の娘さんかな?わたくし一条家に仕えております左衛門と申します」
振り返るとそこには小奇麗な老人が立っていた。
「・・・はい?」