第四話
私が食堂に着いた時、私以外の家族はもう既に全員席に着いていて、夕食も運ばれている最中だった。
「ラヴィー、遅いぞ」
セレンが冗談めかしながらそう叫ぶ。
「またあいつのところに行っていたんだろう?」
呆れたような声で父が話しかけてきた。セレンは「ラヴィーはあいつにゾッコンだよな。変な魅了の魔法でも掛けられたのか?」と便乗する。
そんな会話を叱る人間は、ここに存在しない。
「リビーをそんなふうに言わないでと、何度言ったらわかってくださるのですか?リビーは私と同じで、お父様の娘でしょう?」
「確かに、あいつは私の娘だ。だが、あれの母親に、子供を産めと望んだことは1度もないがな」
本当に最低だ。お母様もその物言いには、顔を顰めている。いや……お母様が不快そうな顔をしているのは、リビーを思ってでは無いのかもしれない。私生児……つまり、リビーはお母様ではなく、ほかの女と作った子供なのだから。
「ラヴィー、あまり私生児には関わらない方がいいと思うよ。ラヴィーは別に私生児じゃないのにさ、変な噂が立っちゃうだろ?」
そう口を開いたのは、ケビンだ。
セレンは母似で、ケビンは父似。ケビンはまさに、肖像画で見た事のある、父の若い頃にそっくりだ。身内が見ても美しい容姿ではあるし、やっぱりその容姿と身分で、ご令嬢たちへのウケはいいらしい。ただ性格がこれだから、私はやっぱり嫌いだった。
「ケビン。ラヴィーに言ったって聞かないさ。あいつに魅力の魔法かけられてんだよ」
言いたい放題の家族達。私は怒る気力すら湧かず、早くそこを後にしたい一心で夕食を口に放り込むと、リビーにあげるためのパンにステーキ肉を挟み、呼び止めてきた侍女には「これは部屋で夜食として食べる予定なの。いつも夜食用に持ち帰らせてもらってるのよ」と告げて、食堂を足早に去った。
「リビー、ほら」
急いでリビーの部屋に走り、ステーキ肉を挟んだパンをさしだすと、リビーは目をキラキラと輝かせた。
「お姉様!これ、ホットドッグみたい」
嬉しそうに笑うリビーは、年相応の少女だ。もっとたくさんの量を上げたいけれど、そうすると家族の誰かの目に止まってしまう。夜食用として持ち出すには、これくらいが限界だ。
「これくらいしか用意してあげられなくて、ごめんね。また街に行った時、腹いっぱい食べて、なにか食べ物を買って帰っていいから」
「じゃあ、また一緒にお姉様とお出かけに行けるの?嬉しい」
口をもぐもぐさせながら私の話を聞くリビーは本当に可愛い。
「もちろん、来週末に行きましょうか」
そして、週末には毎回、一緒にお出かけできるようになったら……
「ありがとう、お姉様!」
夜も深くなり、リビーと別れを告げ、自分の部屋で眠ろうとしていた時。
「……ラヴィー、いるか?」
ドアを叩く音とともに、ドアの向こうからケビンの声がした。
私は寝た振りをして無視する。こんな時間に来て、ろくな話じゃないに違いない。
「起きてるだろう。入るぞ」
躊躇なくドアを開けて入ってくるケビンに、私は流石に怒った。
「兄妹とはいえ、勝手に入るのはありえないと思うんだけど」
私の冷たい言葉に、ケビンは少し狼狽えたあと、躊躇いがちに口を開いた。
「あのさ…ラヴィー、本当にあの私生児と仲良くする気なのか?」
その言葉の真意がつかめない。けれど、答えはもちろん。
「当たり前でしょ、リビーは私たちの妹なのに」
即答すると、ケビンは真剣な声で私に語り掛けた。
「ラヴィー、落ち着いて聞いてくれないか?僕、見ちゃったんだよ。父上が、誰と子供を作ったのか、その真相をさ」
それは……
……魔術師。
半ば信じられないような言葉が、ケビンから飛び出す。
私は思わず目を見開き、息を呑まずには居られなかった。魔術師……?そんなの、
「そんなの、おとぎ話だけの存在だわ」
「僕だってそう思ったさ」
「これは、私以外みんな、知っていたの?」
「父上と僕しか知らないと思う」
魔法なんて、この世界には存在しないはずだ。そんなのは小説だけの世界。だってそんなものがあったら、この国の、この世界の秩序が壊れてしまう。
そんなものあるわけが無いし、あってはならない。
いや、でも、じゃあ、「リゼ」だった時に、どうやって教会は壊れたの?
そうだ、まるで超能力……そう、小説で見た、魔法みたいな力で……魔法?
「なにか心当たりがあるのか?」
「……いえ、そんなわけないでしょう。ありえない話だと思っていただけ」
そうだ、そんなわけが無い。お父様が変な言い訳を考えてそれを紙に書き留めていて、ケビンがたまたまそれを目にしてしまっただけだ。そうに違いないのだ。
「ラヴィー、あの私生児には関わらない方がいい。これはラヴィーの為に言ってるんだ。セレンがいつも冗談で魅了の魔法などと言うけれど、あの私生児は本当に君に対して魅了の魔法を使っているかもしれないんだ」
ケビンは本当に私を心配しているのかもしれない。でもそうだしても、私がリビーを大切にしない未来は存在しない。そもそもリビーに魅了の魔法など使われていないのだから。
「それなら、お父様やお母様、ケビン達にも魔法を使うと思うけど?そもそもあの子は、そんなことをするような子じゃないわ」
「ラヴィー……」
「私はもう寝るの。早く出ていって、ケビン」
小さく呟いて布団を深く被ると、しばらくした後、分かったよ、おやすみという声とともに、ドアの閉まる音がした。
リビーの母親が魔術師なんて、そんなわけない。そうは思いつつ、もしかしたら本当かもしれないという、そんな気持ちも頭にあるのが、本当に嫌で、さっさと眠ってしまいたかった。