第二話
「かわいい〜!!」
私達は今、仕立て屋に来ている。最近令嬢たちの間で流行っている店らしい。母娘で切り盛りしている個人経営の店だけど、色、サイズ、デザイン、どれもとにかく種類が多く、クオリティも高い。人気なものにはやはり理由があるということだろう。
「本当によくお似合いです!こんなに幼いのにお美しいなんて、将来有望過ぎますわね!何を着せても素敵なので、たくさん着せたくなってしまいます」
仕立て屋の女性も嬉しそうにはしゃぐ。
リビーが今着ているのは水色のドレスで、フリフリやリボンがたくさんついている。姉バカとかではなく、本当に可愛い。このドレスを着せたまま街を歩いて、「この子可愛いですよね?」と聞いて回ったら100人中100人が超可愛いと答えるレベルで可愛い。
「は、恥ずかしいよ...」
照れているリビーは、さらに可愛さが増した。まさに人を殺せるレベルだ。
「そういえば、幼いお二人でお越しなんですか?お母様やお父様、侍女さまはどこにいらっしゃるんです?他のお店を見に行っているとか?」
仕立て屋の女性がふと私達に尋ねる。
「店の外に護衛を一人待たせていますが、他にはいません」
「...え?侍女さまも連れていないのですか?最近はいろいろと物騒ですから...大人に頼らなくてはなりませんよ!」
不安そうな顔で……いや、おそらく本当に心配しているのだろう、仕立て屋の女性は諭すように私たちにそう告げた。
この人に、わざわざ複雑な事情を話して、困らせる訳には行かない。
「でも、今日は特別なんです。二人でお出かけするの、ずっと楽しみにしていて」
ね?とリビーに同意を促すと、リビーはほころぶような笑顔で元気に答えた。
「うん!お姉様と二人で街にお出かけするの、ずっと楽しみにしてたの!」
その笑顔にすっかり絆されたのは、私だけではないようだ。仕立て屋の女性も、「まあ、そうなのね!」と、リビーに魅了されてしまったようだった。
結局、仕立て屋では髪飾りとリボンしかかってあげられなかった。ドレスの高価さを舐めてた。10歳の小遣いで買えるわけないのに!
でも、リビーは喜んでくれたみたいで、もう髪飾りをつけている。
蝶を模した髪飾りで、色はリビーの瞳とそっくりな水色。キラキラな金髪によく映える。
「お姉様、どう?似合う?お姉様がくれた髪飾り、大切にするね!」
私に髪飾りの着いたサラサラの髪を見せながら嬉しそうに微笑むリビーは、まさに天使だった。
「物凄く似合ってる。また欲しいものがあったら教えてね。なんでも買ってあげる!」
その後も、スイーツ屋や雑貨屋を見て回り、楽しい時間はあっという間に終わった。日が落ち始めたところで、馬車に戻ることにした。
馬車に戻った途端、疲れていたのかリビーはすぐに眠ってしまった。
私も少し眠い。屋敷に着くまで眠っちゃおうかな...
今日は楽しかったな。リビーといっしょにお出かけできてよかった....
いつの間にか、私は眠りに落ちていた。
目が覚めると、目の前にはお母様の顔があった。
どうやら、とっくに馬車は屋敷についていて、お母様が直接私を起こしに来たようだ。
リビーが座っていた方に目を向けるけれど、そこにリビーはいない。一足先に屋敷に戻ってしまったのだろう。
「お母様...?」
「ねえ、またあの子と遊んでいたの?」
あの子、とはリビーのことだろう。一回目の人生のときも、お母様はリビーを「あの子」と呼んでいたから。決して名前を呼ぶことは無かったから。
「あの子とは誰のことですか?わかりません」
「もう、今はそんなことを言っている場合じゃないの。護衛一人しか連れずに街に行くなんて、危険だってことくらいわかるでしょう?」
「その護衛すら、まともに仕事しませんでしたよ。最初、ついてこなかったのに気づかず、少し二人きりで歩き回ってしまいました。すぐ気づいて叱りましたが」
「なんですって?」
お母様の顔が曇る。私は話を続けた。
「そもそも、私は護衛を一人しか連れずに出かける、なんてそんな危険なことを考えることはありません。そう仕向けたのはお母様達ではないのですか?」
お母様の顔は曇ったままだ。怒ってしまうだろうと思い、謝罪しようとしたけど、それよりも先にお母様が口を開いた。
「私はそんなふうに仕向けたりなんかしてないわ...可愛い私のラヴィアが街に行くのに、侍女の一人も連れずに行かせろなんて、そんなこと命じるわけがないでしょう?確かにあの子のことを大事に思っているとは言えないし、あの子のことについて黙認しているのは事実。だけど……ラヴィアのことは大切に思っているのよ」
お母様の言葉に嘘があるとは思えなかった。けれども……いや、だからこそ、どうしようもなく腹が立った。リビーには何一つ罪がないのに、何も悪いことなんてしていないのに、どうしてそこまで疎まれ無ければならないの?
「……どうして?どうしてリビーは大切では無いのですか……?リビーが何をしたというのですか?」
責めるような口調の私を諭すように、お母様が私の両肩を握る力がほんの少しだけ強くなった。
「あなたには分からないわ、ラヴィア」
確かに、私には分からない。大人になったことがないから、2回も人生を歩んでいるのに、大人の気持ちは分からない。どうしてお母様がリビーを疎んでいるのかなんて分からない。
でも、お母様のリビーへの気持ちなど、私が理解する必要は無いんだと思う。
「そうですね。私には、一生分からないと思います。分かるつもりもないです、お母様…リビーは大切な私の妹です。私が大切だと言うのなら……リビーへの仕打ちも、改善してくださいませんか」
「私には無理よ…お願いだから、ラヴィア。そんなことを言わないで。あの子は生まれが特殊なの、分かっているでしょう?あなたが優しい子なのはわかるわ、でもね……」
それ以降のお母様の言葉は、覚えていない。多分、聞いてもなかった。
この苛立ちは、どこにぶつけたらいいのだろう。もしかして、私が死んだ後、リビーはこんな気持ち…いや、私とは比べ物にならないくらい苦しく苛立つ感情に苛まれながら、リビーを大切に思わない人間だらけのこの家の中で、毎日を過ごしていたんだろうか。
あの時まで、私は自分が、あんなに早く死ぬことになるなんて思っていなかった。1人でもいいから、リビーを一緒に守る、仲間を作るべきだったのかもしれない。私がリビーなら、私だってきっと、リビーと同じ選択をしただろう。こんな世界要らないと。
「……リビーにあいにいきます」
私がそう告げると、お母様は案外あっさりと私から手を離した。
「分かったわ……でも、もうすぐ夕食の時間だから、遅れてはダメよ。私の大切なラヴィア」
お母様のその忠告は、どこか能天気で、結局今まで通りの日常が回るのだろうなと予感させるような一言だった。
私が、この家をどうにかしないと……
でも、どうやったらいいのか分からない。
リビーは、いつまでもこのままなの?私がリビーを守れなくなったらどうなるの?