剣は語る、魔法は響く-2
神殿の内部は、静寂に包まれていた。
しかし、その静けさの中で、セシリアはじっとヨルンを見つめていた。
「……あなたの“幻声”の魔法、あれはただの幻術じゃない」
セシリアの声には微かな興味と鋭さが滲んでいた。
ヨルンは祭壇の前に立ち、指先を軽く動かす。
「“幻声”はただ音を作るのではなく、過去の記憶を響かせるものだ」
セシリアの眉がわずかに動く。
「記憶……?」
ヨルンは微笑む。
「そう。戦場で聞いた怒声や剣戟の音、それを魔力で拡張して相手に『感じさせる』。単なる幻ではなく――その場に刻まれた音の残響を、強めるものだ」
ヨルンはゆっくりと息を吸い、掌を開く。
空気が震えた。
そして、次の瞬間――
かすかな金属音が、正殿の石壁の間を駆け抜ける。
セシリアの目が細まる。
「……確かに、ただの作り物じゃないわね」
「戦場を長く経験する者ほど、この魔法に影響される」
ヨルンは静かに続ける。
「相手が過去に聞いた音を、蘇らせることで、恐怖や焦りを誘う。特に騎士や兵士には効果がある……戦場に刻まれた記憶の音だから」
ヨルンは腕を組みながら、じっと祭壇の奥を見つめた。
「面白いわね……けど、あれほどの範囲で響かせるには、相当な魔力が必要じゃないの?」
ヨルンは小さく頷く。
「だからこそ、“拡張”が重要だ。音そのものを作るのではなく、現実の戦場の空気を利用して広げるんだ。風、震え、そして――兵たちの鼓動」
セシリアはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「なるほどね……魔法というより、戦場の記憶そのものを操る力ね」
ヨルンは再び掌を開く。
今度は、剣戟の音ではなく――
戦場を駆ける馬の蹄音が、正殿に微かに響いた。
「……すごいわね」
セシリアはつぶやきながら、指先で空気をなぞる。
「この魔法……私にも使えるでしょうか?」
ヨルンは微笑んだ。
「もちろん、教えてあげるよ。でも、まずは……“音”を感じることから始めないとね」
焚き火の炎が、穏やかに揺れている。
その光の中で、レオンとリリスは静かに座っていた。
彼らの視線の先には、リオとアレッサ――戦場を知る者たちがいる。
炎がゆらめくたびに、その影が地面に複雑な模様を描いていた。まるで、戦場の陣形のように。
「ただ戦うだけじゃ、勝てないんだ」
リオが腕を組みながら、静かに言った。
「部隊を動かすっていうのは、一人の戦いとはまるで別物よ」
リリスがうなずいた。
「でも、戦術って結局は敵を倒すためのものでしょ?」
アレッサが微かに笑う。その笑みには、経験からくる確信があった。
「それは半分正解。でもな、戦場での勝利は"倒すこと"だけじゃないんだ」
レオンが眉をひそめる。
「……どういうことだ?」
アレッサは、地面に木の枝で簡単な戦場の図を描いた。
「例えば、お前たちが前衛に立った時、何を最優先に考える?」
リリスはすぐに答えた。
「敵を倒すこと」
「違う」
アレッサは即座に否定した。
「前衛の役割は、敵を牽制し、戦場の流れを整えることだ」
リオが続ける。
「一部隊が勝手に突出すると、陣形が崩れる。逆に、適切な配置を保てば戦いは有利に運べる」
レオンは地面の図をじっと見つめた。
「つまり……戦場全体を見ながら動かないといけないってことか」
アレッサはうなずく。
「そういうことだ。個々の力が強いだけじゃ勝てない。部隊運用とは"戦場を制御すること"なんだ」
リリスが、考え込むように拳を握る。
「……確かに、戦場では冷静に流れを見る余裕がなかった」
リオは微笑む。
「でも、それを知ることが大事なの。戦術はただの計算じゃなくて、戦場にいる者の判断が生きるものだから」
焚き火の炎が爆ぜる。
レオンはゆっくり息を吸い、地面に描かれた戦場の図を見つめ続けた。
「もう少し教えてくれないか?」
アレッサは短く笑う。
「いいだろう。次は、撤退戦の戦術について話そうか」




