崩れゆく均衡
エルザが去ってから、俺たちのパーティはどこか空虚な雰囲気に包まれていた。
「……これからどうする?」
沈黙を破ったのはリリスだった。いつもの軽口をたたく調子ではなく、珍しく真剣な表情をしている。
「とりあえず、エルザ抜きでパーティを続けることを考えた方がいいかもな」
カインが冷静に言うが、その声には苛立ちが滲んでいた。腕を組み、その指先がわずかに震えている。
「ただ、戦士なしでやっていくのは厳しい。どうする?」
カインが続けて言葉を放つ。
「そんな簡単に割り切れる話じゃないでしょう?」
セシリアが静かに反論する。
「エルザがいたからこそ、私たちはここまで上手く戦えていたのですわ。あの冷静さと勇気がなければ、幾度も危険を乗り越えられなかったでしょうね。」
そのセシリアの静かな声には、エルザへの深い敬意と、喪失の痛みが込められていた。
「……エルザは、自分で考える時間が必要だって言ってた。でも、私は戻ってくると思うよ」
リリスがぽつりと呟いた。
「戻ってくる?」
俺が聞き返すと、リリスは肩をすくめた。
「だって、あいつ、なんだかんだでレオンに未練たっぷりだったじゃん?」
「……確かに、そうかもしれないわね」
セシリアが小さく微笑んだ。
「ですが、今は私たちがどうするかを考えるのが先決ですわ」
俺は深く息を吐いた。エルザがいなくなった今、パーティはどうするべきなのか。
戦士なしでは厳しい。だが、それを今すぐ埋めようとするのは、あまりにも……。
──「剣を振るうことしかできないけど、前線は任せて」
ふと、エルザの言葉が脳裏に蘇る。
いつも最前線で俺たちを守り、どんな戦闘でも決して退かずに戦ってくれた。
初めて一緒にダンジョンに潜ったときも、俺たちの攻撃が間に合わなかった場面で、迷いなく飛び込んで敵の攻撃を受け止めてくれた。「お前は無茶しすぎだ」と言えば、彼女は少し笑って「それが戦士の役目だから」と返してきた。
真面目で、不器用で、誰よりも仲間を大切にする女戦士。
そんなエルザが去った今、俺たちは本当にこのまま進めるのか。
俺はスマートリングを操作して、アプリを使おうとしたが、どこかためらいを感じる。
それでも、何か手を打たなければならない。
そう思いながらアプリを開こうとした瞬間。
【エラー:サーバーに接続できません】
「……え?」
再び操作を試みるが、同じエラーメッセージが表示される。
「おい、ちょっと待て。アプリが使えないぞ」
俺の言葉に、リリスがスマートリングを覗き込む。
「まさか……私のも確認してみるね」
彼女もアプリを開こうとするが、結果は同じだった。
「これ、全員試してみて」
セシリアとカインもスマートリングを操作したが、二人とも同じエラーメッセージを受け取った。
「どういうこと……? アプリが落ちるなんて聞いたことない」
カインが眉をひそめ、低く呟く。
「おそらく、サーバー側で何か異常が発生した」
「でも、ただの不具合とは思えないわね」
セシリアが腕を組みながら、わずかに顔を曇らせている。
「しかも、このタイミングで?」
彼女の声が、静かな部屋の中に響いた。
エルザが去り、俺たちが新しいメンバーを探そうとしたその瞬間に、アプリが使用不能になる。偶然にしては出来すぎている。
「運営が何かを隠してるんじゃない?」
リリスの言葉に、全員が黙り込む。
「俺たちは、運営の手のひらの上で踊らされているのか……?」
疑念が確信へと変わり始めた。
「試しにギルドの他の冒険者にも聞いてみない?」
リリスが提案する。
「もし、私たちだけがアプリを使えなくなっているなら、それこそおかしいし」
俺たちはギルド内を見渡し、何人かの冒険者に声をかけた。
「ん? マッチング・アドベンチャー? 俺は普段使ってないからなぁ……」
「私のスマートリングにも入ってるけど、さっき確認したら確かに開けなかったわね」
「確か、最近になってアプリが変な挙動をするって噂は聞いたことがあるけど……」
情報を集めるうちに、どうやら俺たちだけの問題ではないことがわかってきた。しかし、詳細は誰も知らない。
「なにかが起こってるのは確実ね」
セシリアが神妙な顔で言う。
「運営が意図的に制限をかけたか、それとも……?」
「単なるシステム障害にしては、タイミングが悪すぎるよね」
リリスが腕を組みながら考え込む。
俺はふと、以前運営から送られてきた「仕様です」のメッセージを思い出した。
(このアプリ、本当に公正なものだったのか?)
疑問が頭をよぎる。
「とにかく、一旦情報を整理しよう」
俺は皆を促す。
「もしアプリが使えなくなったままだとしたら、俺たちは今後どう動くべきかも考えないといけない」
「そうね、情報収集と並行して、パーティの再編成も視野に入れましょう」
セシリアが冷静に言う。
「でも、運営の裏を探るのも面白そうじゃない?」
リリスがいたずらっぽく笑う。
「こうなったら、徹底的に調べてみようよ!」
「ふむ……確かに、このまま運営の指示に従うのは得策ではないかもしれないな」
カインも頷く。
俺たちは、ただのアプリの利用者から、一歩踏み込んだ存在になりつつあった。
その時、ギルドの掲示板の前で何かが起こっているのが目に入った。
「なんだ……?」
冒険者たちがざわめいている。
俺たちは急いで向かうと、そこには新しい張り紙があった。
【重要:『マッチング・アドベンチャー』の一時停止について】
「……一時停止?」
「これ、どういうこと?」リリスが張り紙を見つめながら言った。
アプリの異常は、すでに公になっていた。
そして、俺たちはまだ知らない。この出来事が、さらなる波乱の幕開けに過ぎないことを。