剣を置き、剣を取る
盗賊退治を終えた夕暮れ時、レオンたちは小さな村の広場に腰を下ろしていた。
空は紫がかった朱色に染まり、村の背後に広がる畑が、やわらかな光を受けて静かに息づいている。
遠くでは、野菜畑の間を歩く村人たちの姿がちらほらと見えた。
かつて荒らされた畑も、少しずつ手が入り、今日の食卓を支える恵みを育んでいる。
その傍らでは、石造りの家々が並び、それぞれの窓から漏れる灯りが温かな生活の気配を宿していた。
砦での戦いの余韻が、まだ身体のどこかに燻っている。
戦いは終わった。盗賊たちは制圧され、後方へと護送された。
だが、剣を振るった腕には、まだわずかな張りが残り、深く息を吸うたびに、戦場の緊張がわずかに甦る。
村人たちは手早く野菜のスープを煮込み、焼き立てのパンとともに冒険者たちにふるまった。
広場の片隅、風に揺れる木の下に並べられた木製のテーブルには、温かな湯気が立ち昇る。
粗末ではあったが、それは確かに心のこもったもてなしだった。
レオンたちはそれを受け取りながら、焚き火のそばに集まり、ようやくの安堵を味わう。
風が優しく吹き抜け、村の家々の灯りが少しずつ夜を迎え入れていく。
今日の戦いは終わった――だが、この村には、明日を生きる者たちの光があった。
そのときだった。
「失礼、冒険者殿。辺境伯よりの使いである」
背筋を正した青年兵が、影のように近づいてきた。
歩みに迷いはない。
鎖帷子の上に革の胸当てをまとい、肩には軽装の防具が備えられている。実戦に即した装備――機動力を損なわず、それでも戦場での危険に耐えうるもの。その胸には、帝国境を守る“黒鷲の紋章”が、静かに威圧を放っていた。
若さが残るはずの兵――だが、その佇まいには、戦場の冷たさが染み付いていた。
伝令であれ、戦場に立つ者である以上、彼はただの使者ではなかった。
その紋章が示すものを理解する者なら、ただの報告の到来ではないことを察するだろう。
彼の手は揺るぎなく剣の柄へと伸びていた――癖なのか、それとも、この場における警戒なのか。
鋭い瞳が焚き火の光を反射し、その奥に宿るものは、単なる伝令の使命ではなく、緊迫した戦局を見据える者の視線だった。
夜風が革の肩当てをすり抜け、わずかに装備の鳴る音が沈黙を切り裂いた――彼の到来がもたらす重さとともに。
「この村の北、山岳地帯の峠道にて、帝国軍の斥候と思われる動きが確認されました」
その言葉が落ちた瞬間、風がわずかに止まる。
まるで、大地すらも息を潜め、嵐の前触れを待っているかのようだった。
兵の声は鋭く、焚き火の明かりがわずかに揺らぎ、その刃のような響きが夜の静寂を切り裂く。
「小規模ではありますが、本格的な侵入の可能性があります」
焚き火の炎がわずかに燃え上がる。赤く揺れる光が青年兵の顔を映し、その目の奥に張り詰めた警戒の色を刻みつける。
「辺境伯閣下は、この地域に残る戦力の応援を要請されています」
その瞬間――
空気が凍った。
夜は冷たく、だが、それ以上に冷たいものが場を支配する。
「帝国軍……」
セシリアが呟くように繰り返す。その横で、カインが目を細めた。
かつて戦争を経験した者にとって、“帝国”の名は、ただの地名ではない。
それは、過去の激戦を思い起こさせる響き――そして、次なる嵐の予兆だった。
遠く、山の影の中に潜む何かが、すでに戦場の息を帯びているように思えた。焚き火がはぜる音が響き、戦いの火種は、夜の静寂を焼き尽くそうとしていた――。
「規模は?」
リオが静かに尋ねた。その声は低く、しかし刃のように鋭かった。
「不明です」
青年兵は迷うことなく答える。
「ただ、斥候の動きからして、百を超える部隊規模での進軍も否定できません。我々もすでに百名の兵を展開しておりますが、地形上、増援が遅れる恐れがあるとのことです」
冷えた空気が漂う。
リオは短く頷き、ゆっくりとレオンの方へ視線を送る。
「レオン、どうする?」
レオンはすぐには答えなかった。
ただ、焚き火の揺らぎをじっと見つめる。炎がゆらめき、まるで彼の迷いを映しているかのようだった。
だが――その瞳には、確かな決意の光があった。
「……行こう」
静かに、しかし確かに言葉が落ちる。
「俺たちにできることがあるなら」
その一言が、戦場への道を決めた――。




