酒と仮説と火の粉の夜-1
そして、もっと別の場所では――
「だから言ってるでしょう、あそこは振動そのものを散らしていたんじゃない。位相差によって“切断という概念の通り道”が一時的に歪められていたのよ」
「しかしお嬢さん、それだと外殻共鳴の説明が少し弱い。振動数そのものは確かに観測されておる」
「観測値があるのは知ってる。でも、その振動が“結果”なのか“原因”なのかは別問題でしょ」
「ほほう、言うようになりましたな」
「事実を言ってるだけ」
カインが、酒杯片手にヴェルデバイク博士と議論していた。
激しい。ものすごく激しい。そして恐ろしく楽しそうだった。
焚き火の光が二人の横顔を照らし、その影が地面に鋭く伸びたり縮んだりするたび、議論の熱がさらに勢いを増していく。
カインの瞳は、戦場で敵を見据えた時とは別の意味で鋭く、博士の白髪は夜風に揺れながら、まるで知識そのものが火花を散らしているかのようだった。
周囲の兵たちは、最初こそ「何の話だ?」と首を傾げていたが、次第にその勢いに圧倒され、ついには誰も口を挟めなくなっていた。だが、誰も止めようとはしない。むしろ、焚き火の周りに生まれたこの“別種の熱”を、どこか誇らしげに眺めていた。
戦場で命を張った者たちの夜に、こうして知の火花が散るのも悪くない。剣と祈りが交差した今日という日に、学問の議論が混ざるのは、どこか世界が少しだけ広がったような気さえした。
カインの声が上がり、博士の笑いが響き、焚き火がぱちりと弾ける。その光景は、戦いの余韻がまだ残る夜の中で、ひときわ生き生きとした“生命の音”だった。
周囲には博士の部下らしい研究者たちも集まっていた。皆、酒が入っているせいか、普段よりも遠慮がない。むしろ、理性の枷が外れ、知識の奔流がそのまま口から溢れ出しているようだった。紙束を広げる者。焚き火の光に透かしながら、何かの数式を指でなぞる者。簡易の板に図を書き始める者。線が震えているのは酔っているせいか、興奮しているせいか、誰にも分からない。空中に術式の残像を薄く描いて見せる者までいる。淡い光の線が夜気の中に浮かび、まるで星座が新しく生まれていくようだった。
宴席である。だが、ここだけは完全に研究会だった。しかも酒宴仕様の、勢いと直感と発見がごちゃ混ぜになった、最も危険な種類の研究会。
焚き火の赤い光が、紙束と術式と図面を照らし、その影が地面に複雑な模様を描く。誰かが何かを思いつけば、別の誰かがそれに反論し、さらに別の誰かが新しい仮説を重ねる。そのたびに、焚き火がぱちりと弾け、まるで議論の熱に呼応しているかのようだった。
戦場の余韻がまだ残る夜の中で、ここだけは剣でも祈りでもなく、“知”が火花を散らしていた。そしてその火花は、酒の勢いと共に、誰にも止められないほど眩しく燃えていた。
カインは《エクリプス・コア》を傍らに置き、もう一本の杖を手に、戦場で起きた位相変化と《アーク・シヴァー》の覚醒の関連を説明していた。銀髪が焚き火の光を受けて冷たく輝き、その瞳は昼間の戦闘時と同じくらい研ぎ澄まされている。ただし今の彼女には、戦場の緊張ではなく、“分からないことを分かりたい”という純粋な熱が宿っていた。
その熱は、剣を振るう時の鋭さとは違う。もっと透明で、もっと真っ直ぐで、まるで夜空に浮かぶ星を指差しながら「どうして光るのか知りたい」と言う子どものような、そんな無垢な探究心だった。




