日常編・カイン:才女の帰還、兄たちの逆襲-2
ダイニングルームに入ると、ふわりとした香りと共に、母親の優しい声が迎えてくれた。
「カイン、おかえりなさい。無事でよかった……。痩せたんじゃない?」
「そんなに変わらないと思うけど……」
ダイニングルームには暖かな光が差し込み、木のテーブルには花瓶に挿された新鮮な花が飾られていた。食卓にはカインの好きな料理が並べられている。ホワイトシチュー、ローズマリー風味のパン、そして甘いフルーツタルト。一目見ただけで母の愛情が伝わるようだった。
食べ始めると、母が心配そうに言う。
「ちゃんと食べているの?」
「これでも食べてるつもり……なんだけど……」
「ならおかわり。ほら、セラフィン、盛ってあげて」
「任せろ!」
「ちょ、ちょっと!」
——結局、カインは三回おかわりした。
夜、父の書斎に呼ばれたカインは、どこか緊張していた。カインは手を戸の取っ手に添え、一瞬深呼吸してから扉をノックすると、部屋の中から低く、落ち着いた声で「入れ」と響いた。
カインは扉を開けると、書斎には古い本棚が並び、重厚な机の上には小さなランプが静かに灯っていた。本棚には時代を感じさせる古書が並び、机のランプの明かりが柔らかく室内を照らしている。その静寂が、ローエル当主の威厳をさらに際立たせていた。
普段冷静な彼女でも、この父だけは苦手だった。ローエル当主は厳格で威厳に満ち、同時に謎めいた人物だ。魔法管理省の長官であり、元・王国直属の魔導士部隊にいた経歴を持つ。
「久しいな、カイン」
父の低く重い声が、書斎の静けさを切り裂くように響いた。
「ええ、父様。……冒険者としての報告なら、すでにギルドを通して提出しています」
「そうだな。……それよりも、今日は別の話をしようと思っていた」
彼の手には、一本の古い杖が握られていた。杖の表面には無数の傷が刻まれ、過去の冒険の痕跡を物語っていた。
「これは、私がまだ冒険者をやっていた時代のものだ」
「……父様が、冒険を?」
「ああ。若い頃は、私も随分と無茶をした。だが、それが今の私を作った。だからこそ、カイン。お前にも、実戦でしか学べぬものを学ばせている」
「……それは理解しています」
カインが頷いたとき、父はふと視線を逸らした。そして、唐突に口にする。
「……カイン。お前は、なぜこの家にいると思う?」
「え……?」
その言葉に、カインは一瞬動きを止めた。沈黙が流れる。
「父様、それは……」
「いや、いい。今はまだ、何も言うまい」
それきり父は語らず、背を向けた。
翌朝。玄関では、また兄たちが集まっていた。
朝の柔らかな光が玄関に差し込み、少し冷たい空気が流れている。
「次はいつ帰ってくる?」
「無茶はするな。記録の報告は毎週だ」
「寒くなるから、ちゃんと厚手のローブを——」
「……うるさいな。……でも、ありがと」
カインはそっぽを向いて歩き出す。その顔には、一瞬だけ感謝の気持ちを浮かべたような微かな表情があった。
だが、その背中はどこか軽く、満たされていた。その背中には、家族から受け取った愛情と新たな道を歩む覚悟が宿っていた。
一人になった街角で、彼女はふと独り言を呟く。街角では冷たい風が静かに吹き、彼女の言葉を夜空へ運んでいた。
「私はローエル家の才女。でも……それだけじゃ、きっと足りない」
「私は私として、立ってみせる」
そして、カインは再び冒険者として、ギルドの扉をゆっくりと押し開き、その先に広がる新たな冒険の予感が彼女を包み込んだ。




