王国北部のざわめき-1
ギルドマスター室での報告を終え、重厚な扉を閉めた瞬間――それまで張りつめていた空気が、ふっと軽く解き放たれた。まるで長い冬の夜が終わり、朝の光が差し込んだかのように、肩にまとわりついていた重圧が少しずつ溶けていく。
「ふぅ〜……なんか、肩こったぁ……」
リリスが伸びをしながら、通路を歩く一行の先頭にぴょこんと飛び出した。その仕草は、閉ざされた空気を破る小鳥の羽ばたきのようで、仲間たちの緊張を和らげる。
午後の光が窓から差し込み、古びた壁飾りを照らし、床石に淡い反射を落とす。
光は静かに揺れ、長い影を伸ばしながら、レオンたちの歩みを導いているようだった。
レオンは歩きながら、何度か深呼吸をしていた。
ガラハッドの前で気を抜いたことはほとんどない。相手の視線が重くても、あの人は「ただ重いだけ」ではなく、「責任の重さ」をまとった重さだ。――だからこそ、気を抜けない。
エルザはきゅっと背筋を伸ばしたまま、控えめに息を吐く。
「叔……ギルドマスター、今日はいつもより優しい表情だった気がします」
「『今日は』じゃなくて『レオンたちの報告が思ったより深刻だった』のほうじゃない?」
リリスの言葉に、エルザがむっと頬を膨らませた。
「別に、そんなこと……」
「あると思うわよ」
横でカインが淡々と断言する。あいかわらず表情は薄いが、微妙に口角が上がっているのが分かる。
「レオンが冷静にまとめて説得力を持たせてたし、セシリアは安定して空気和らげてたし……エルザも真面目さで場の芯を作ってた。ギルド側も、あなたたちの成長を見たってことよ」
「そ、そう……なのかな?」
少し照れたようにエルザが目線をそらすと、セシリアがくすりと笑う。
「ふふ、大丈夫ですよ。ガラハッドさんは、いつも私たちのことを気にかけてくれています」
柔らかい声が通路に響き、レオンの肩から力が抜ける。
その響きは、冷たい石造りの壁に春の風を吹き込むようで、仲間たちの心を温めた。
――本当に、この四人と一緒でよかった。そう思う瞬間だった。
カウンターのある広いホールに戻ると、さっきよりも少し人が増えていた。
冒険者たちの声、装備の金属音、依頼書をめくる紙の擦れる音――それらが一つに混ざって、独特のざわめきを作っている。そのざわめきは、まるで大きな川の流れのように絶え間なく続き、レオンたちを現実へと引き戻した。
すると、リリスが何かに気づいて足を止めた。
「ねぇ、レオン。あそこの依頼板……」
レオンも視線を向ける。
依頼板の右側、討伐系の依頼が張り出されるエリア――そこに、見慣れた地名がずらりと並んでいた。
「……イェブール?」
エルザが目を瞬いた。
イェブール――王国北境のメルセドーラ辺境伯領の中心都市。シィグルダ帝国との境にあり、交易と軍事の要衝でもある土地だ。その名は、冷たい風と鋼の匂いを伴って響く。
「こんなに数が多いの、珍しくない?」
リリスが依頼板の前で首をかしげる。
見ると、魔物討伐の依頼が集中している。
イェブール北方の山岳地帯、国境沿いの警備路、農村周辺の森――それぞれに魔物出現頻度増加の文字。紙片に記された文字は、まるで不吉な鐘の音のように並び、読む者の心をざわつかせる。




