魔塔国の残響を携えて-2
「……なるほどな」
ガラハッドは顎の下で指を組み、レオンたちを順番に眺めた。
その視線は重い。だが嫌な重さではない。戦場を知る者が背負う責任の重さであり、鋼のように冷たくも、火を宿したように温かい眼差しだった。
「エルディア魔塔国の管理体制は昔よりはるかに厳しいはずだが……抜け道というものは、どこにでもあるらしい」
その声は低く響き、部屋の壁に刻まれた古い地図さえも震わせるようだった。
「ええ。表向きは優秀な監査がついているようでしたが……」
カインが淡々と続ける。その声は落ち着いているが、ほんのわずか、苦みのようなものが混ざっていた。冷たい水面に投げ込まれた小石のように、静かな波紋が広がる。
「魔塔国の内部は、情報の階層が複雑です。ローデリック氏だけでなく、彼の背後にどれほどの者が関わっていたかは、現状では不明です」
「なるほどな。銀髪の娘、相変わらず口が回る」
「事実を述べただけです」
「そうだろうとも」
ガラハッドは少し笑った。豪胆な男の笑みは、重苦しい空気を一瞬で軽くする。
窓から差し込む光がその笑みに呼応するように揺れ、横でセシリアがほっとしたように胸に手を当てた。
「……戦いの中で、けっこう危険な場面もありまして」
セシリアが穏やかに微笑むと、ガラハッドは思わず眉を寄せる。
「お前がそんな顔をして話す時は、大抵ろくな話じゃないだろう」
「そんなことは……あります、ね」
エルザが割って入った。
「危険でしたが、レオンが指示を的確に出してくれました。それに、みんな無事です。そこは胸を張れるところだと思います」
「お前はいつも真面目だな。……いや、真面目すぎると言うべきか」
「そうですか?」
「分かっていないところが致命的だ」
ガラハッドは大きく息をついた。だがその口調にはどこか優しさが滲んでいた。
彼がエルザへ向ける視線は、いつもほんの少しだけ特別だ。血の縁というものは、時に本人すら気付かぬかたちで滲み出る。
「それで、ローデリックの動機については何か推測できるか?」
ガラハッドの問いに、レオンはわずかに視線を伏せた。
「……彼は、己の才能不足を自覚していました。それを補うための研究だったのだと思います」
「補う、か。新型魔道砲を?」
「はい。ただ、それが彼個人の意思か、誰かに導かれてのものなのかは……。調査は必要ですが、現時点で断定はできません」
「魔塔国側との調整も必要だな」
「もし帝国との関係が表沙汰になれば、外交問題になるかもしれません」
カインの言葉に、ガラハッドは重々しく頷いた。
「ご苦労だったな。……ただの依頼より重かったろう」
「まあね〜。でもさ、すっごく変な石碑とかあってさ。あれ、絶対なんか仕掛けが――」
「リリス」
「はいはい、余計なことは言いませんよっと」
レオンが軽く咳払いし、話を戻す。
「今回得た情報は、必要な範囲に絞ってお渡しします。魔塔国での調査結果や現地の状況は報告書にまとめてあります。……ただ、一部については、まだ整理が必要な箇所があります」
「問題ない。信頼している」
ガラハッドの言葉は短いが重かった。それはただの形式的な称賛ではない。彼は本気で、目の前の若者たちを一つの戦力として認めている。
「――で、最後に確認だ」
ガラハッドは椅子の背にどかりと身体を預ける。
「これからどうするつもりだ?」
部屋の空気が、わずかに揺れた。
それぞれがそれぞれの胸の内に、自分たちの進む方向を思い浮かべる。窓から差す光が机上の地図を細く照らし、その線は未来への道筋を暗示していた。
「しばらくは、王都で体勢を整えることなるかと思います」
レオンが答えた。その声には迷いがない。
「そうか。なら、必要なものがあれば遠慮なく言え。……お前たちなら、どこへ行こうとやっていけるだろう」
ほんの短い沈黙。その後、ガラハッドは机を指先で軽く叩いた。
「さて。長々と話をさせちまったな。報告は確かに受け取った。……他に言っておくことはあるか?」
「特には」
「うん、私は――」
「私はありません」
「わたしも、大丈夫です」
「じゃあアタシは……まあいいや!また今度で!」
五人の答えを聞き、ガラハッドはゆっくり頷いた。
「……そうか。なら、今日はここまでだ。ゆっくり休め」
窓から射し込む光が、机上の地図の線を細く照らしている。その細い光の帯の向こうで、ガラハッドは静かに笑った。
その笑みは、戦場を知る者の厳しさと、仲間を信じる者の温かさを同時に宿していた。




