魔塔国の残響を携えて-1
ギルドのカウンター裏へ回るのは、何度か依頼の報告をしてきたとはいえ、どうにも落ち着かない。
受付嬢が笑顔で案内してくれるのだが、カウンターをくぐる瞬間、リリスが小声で「ここ通るのって、なんかくすぐったいよねぇ」と意味不明な感想を漏らし、エルザが「……くすぐったさの意味が分からん」と真顔で返していた。そのやり取りは、張り詰めた空気に小さな綻びを生み、緊張の糸をほんの少し緩める。
通路は静かだった。古びた壁飾りが続き、窓から差し込む午後の光が床に淡い模様を描いている。
光はまるで過去の記憶を呼び覚ますように揺れ、石の冷たさと陽の温もりが交錯していた。レオンはその光に目を細めながら、ここへ来るのは久々だな、と心のなかで呟いた。
「ガラハッドさん、今日も機嫌がいいといいんだけどな〜」
軽い調子で言ったリリスに、カインが冷ややかな視線を向ける。
「あなたの言う『機嫌がいい』は基準が不明です。彼はいつも同じテンションですよ」
「そう? ほら、今日はなんとなく空気が柔らかい感じしない?」
「しないわ」
短い言葉の応酬が、通路の静けさに小さな波紋を広げる。
そんなやりとりを背に、レオンは扉の前で足を止めた。
重厚な木扉。奥からは人の気配がする。扉はまるで試練の門のように立ちはだかり、沈黙の中に重責を宿していた。
応対係の職員がノックし、当主の許可を得ると、静かに扉が開けた。
部屋の中は、昔から変わらない。重い書棚、古い大陸地図、分厚い調度品。窓から差す光が埃を淡く照らし、時の流れを拒むかのように物たちは佇んでいた。
そして、窓を背に腰掛ける巨剣使い――ガラハッド・ストラウス。
「久しぶりだな。入れ」
低い声だが、不思議と鋭すぎない。年季の入った豪剣のように、重さと余裕がある声だった。
「失礼いたします」
レオンが一礼すると、ガラハッドは近くの打ち合わせ用の机を顎で示した。
「座れ。……やれやれ、おまえたちが揃うと机が狭く感じるな」
その割に、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
エルザは少し緊張したように背筋を伸ばした。血縁であることもあり、どうしても目が泳いでしまう。
「えっと……すみません、椅子、私の分がありますか?」
「ある。リリス、お前は勝手に調度品を触るなよ」
「触ってないって〜! ……まだ」
ガラハッドの一瞥でリリスが静かになった。さすが元戦場の暴風と呼ばれた男の威圧感だ。
全員が席につくと、レオンが軽く息を整えた。今日ここへ来た理由は、もちろん――エルディア魔塔国で起きた、あの事件の報告だ。
「では、経緯を説明します」
レオンは淡々と語り始めた。旅の最初から順を追い、必要な情報だけを選び出し、整理し、掌に置くようにガラハッドへ差し出す。レオンの話し方はいつも冷静だが、今回は特に気を遣った。なにせ、扱う内容が重い。
ローデリック――ローエル塔家の現当主が、シィグルダ帝国と内密に契約し、新型魔道砲の研究開発を進めていた件。
表向きは魔力の総量も才能も芳しくない人物とされているが、裏で何をしていたのか。
研究の動機、協力者の存在、隠された工房……。あの国で見た質量感と静けさは、いま思い返しても薄寒い。
その言葉が部屋に落ちるたび、空気はさらに重く沈み、窓から差す光さえも鋭さを帯びるように見えた。仲間たちの呼吸は静かに揃い、報告の一つひとつが、未来へと続く影を描いていく。




