笑い声は旅路を照らす
「よぉ、お前ら!おかえりって言うべきか?無事で何よりだな!」
グラハムの声は、木の梁を震わせるほどの豪快さで響き渡り、酒場のざわめきを一瞬で塗り替えた。
「グラハムさん、こちらこそ。王都は相変わらず賑やかですね」
レオンがそう言うと、グラハムは腕を組み、胸の奥から響くような笑い声を放ちながら豪快に頷いた。
「おうともよ!で、なんだ?エルディア魔塔国まで行ったんだってぇ?まさか本当に海まで行くとは思ってなかったぜ!」
その言葉に、セシリアが柔らかく微笑む。白い吐息が淡く揺れ、彼女の声は冷気を和らげる春風のようだった。
「はい。あちらは温暖で過ごしやすかったです」
「ほほぅ。なら俺たちも今度温まりに行くか?なぁ、おい」
「おう、いいじゃねぇか!」「海の幸って旨いのか?」
グラハムの仲間たちが口々に言う。三人の声は重なり合い、まるで太鼓の連打のように酒場の空気を震わせる。その様子にリリスはぷっと吹き出し、肩を揺らして軽口を返した。
「アンタたち、行く前にまず泳ぎの練習からじゃない? 重そうだし、海に沈むわよ?」
「ま、まぁ、あいつらは沈むだろうな……」
レオンも苦笑いを漏らす。
「なんだとぉ!?」「俺は浮くぜ!」「いや、お前は浮かねぇ!」
筋肉三兄弟(※本当は無関係)は、互いに肩をぶつけ合いながら大騒ぎを始めた。
笑い声と怒鳴り声が渦を巻き、酒場の灯火がその熱気に揺れる。まるで炉の炎が燃え盛るように、彼らの存在は場を温め、帰還した仲間たちを迎える祝祭のような喧騒を生み出していた。
その光景は、王都のギルドが持つ活気そのもの――戦士たちの笑いと誇りが交錯する、ひとつの季節の鼓動だった。
しばらく彼らの愉快な喧騒に囲まれていると、酒場の空気はまるで焚き火の炎のように揺れ、笑い声と杯の音が重なり合ってひとつの旋律を奏でていた。 レオンがエルディア魔塔国のことを語り始めると、その響きは喧騒の中に不思議な静けさを生み、グラハムたちの耳を引き寄せた。
「魔塔だの、大石碑だの……そんなの俺たちには縁がない話だな!」「まぁでもよ、魔法ってのはやっぱロマンがあるよな!」
筋骨隆々の男たちの声は、木の梁を震わせるように響き、場の空気をさらに厚くする。
セシリアが微笑みながら、エルディアで触れた大石碑の穏やかで荘厳な雰囲気を語ると、その言葉は冷たい冬の空気を和らげる春風のように仲間たちの心を撫でた。
「ほぉ~……」
三人衆が同じタイミングで感嘆の声を上げる。その音はまるで合唱のように揃い、酒場の空気を震わせた。
あまりのぴったりさにリリスは腹を抱えて笑い出し、椅子の背に身を預けながら肩を震わせる。
「何よこれ、合唱なの?同時に同じ声が出るとか器用すぎるわ!」
「俺たちは息ぴったりなんだよ!」
「いや、ぴったりすぎるだろ……」
レオンが呆れた目を向けると、グラハムは豪快に笑い、腹を抱えて揺れる。その笑い声は雷鳴のように響き、場の空気をさらに温めた。
その様子を見ていたセシリアも、つい堪えきれずに吹き出してしまった。
「ふふっ……ほんとに、グラハムさんたちは笑いのツボに入りやすいんですね」
セシリアの肩が小さく震え、白い吐息が笑いに混じって弾ける。まるで冬の空気に花びらが舞い散るように、柔らかな笑いが場を彩った。
グラハムたちの豪快な笑いとセシリアの清らかな笑みが重なり、酒場の空気はさらに温かく、ひとつの大きな焚き火のように燃え上がっていった。
「まぁまぁ、楽しそうでいいじゃねぇか!それで、次はどこへ行くんだ?」
「……次は北の方だろうな」
レオンの言葉に、酒場の空気が一瞬だけ引き締まる。
北――その響きには冷たい風と未知の影が潜んでいる。だがグラハムは眉を上げ、豪快に笑って肩を叩いた。
「おう……北か。まぁ、お前らならなんとかするだろうよ!」
その一撃は励ましであり、戦士の友情を示す印でもあった。
笑い声と熱気に包まれた酒場を背に、レオンたちは受付へと歩みを進める。石畳に伸びる影は、次なる旅路の予兆を静かに刻んでいた。
受付では、クロエが静かに書類を整理していた。
自然なウェーブを描くダークブラウンの髪が肩で揺れ、黒い瞳は穏やかに瞬きながら、窓口に立つ姿に柔らかな品を添えている。白い制服に黒いリボン、その清楚な装いは冬の光を受けて淡く輝き、彼女の周囲だけが静謐な空気に包まれているようだった。
「あら、レオンさんたち。お帰りなさいませ」
クロエが柔らかな笑みを向けると、その声はざわめく酒場の喧騒を一瞬だけ和らげ、まるで春の陽だまりが差し込んだかのような温もりをもたらした。
「ただいま戻りました、クロエさん。報告をしにきました」
レオンの言葉に、クロエは小さく頷く。その仕草は水面に落ちる花びらのように静かで、しかし確かな存在感を放っていた。
「エルディア魔塔国へ行かれたんですよね?どうでしたか?」
「えぇ、とても。色々と得るものが多かったわ」
セシリアが微笑むと、クロエの瞳が興味深そうに揺れる。彼女の黒い瞳は、話を聞くたびに小さな光を宿し、まるで物語を受け止める器のようだった。
「エルディア魔塔国……温暖で過ごしやすいって聞きます。やっぱり海の匂いがするんですか?」
「海風が気持ちよかったよ。こっちの冬とは正反対だな」
レオンの言葉に、クロエはふふっと笑う。その笑みは雪解けの水が陽光にきらめく瞬間のように柔らかく、周囲の空気をほんの少し明るくした。
「ちょっと羨ましいです。私、寒いのは苦手で……」
「じゃ、今度グラハムさんたちと泳ぎの練習してから行くといいわよ」
リリスの冗談に、クロエは困ったように笑いつつも肩を揺らし、楽しげな気配を漂わせる。その笑いは、受付の空気をさらに温め、仲間たちの心を軽くした。
「それで、レオンさんたちはまた遠征……になるんですよね?」
「その予定だ。次の場所も簡単ではなさそうだが」
「でも、きっと良い旅になりますよ」
クロエは確信するように静かに言った。その声音には、彼らへの深い信頼が宿り、まるで未来を照らす灯火のように響いた。
そして酒場のざわめきに混じる笑い声と、受付の温かな空気に包まれながら、レオンたちはしばらく世間話を続けた。旅の所感や苦労、エルディア魔塔国で見た風景を語る声は、冬の王都に春の兆しを運ぶように、穏やかで鮮やかな余韻を残していった。




