邸宅は時代を映す鏡
晩冬がようやくほどけかけ、春の気配が薄く漂いはじめた昼下がり。
王都の空は白金色の光を帯び、どこか遠いところで風がまだ冬の名残を鳴らしていた。
石畳の坂を上り切ったとき、レオンは、目の前に堂々と鎮座する館を見上げた。
メルセドーラ辺境伯オーケルベーレの王都邸宅は、真昼の陽光を受けて白亜の壁面を眩しく輝かせていた。
陽光は澄んだ空から真っ直ぐに降り注ぎ、石造りの柱や窓枠にくっきりとした影を落とす。その光と影の交錯は、まるで邸宅そのものが威厳と歴史を誇示するかのように、静かに佇んでいた。
黒鉄の門扉には家紋が刻まれ、その曲線はまるで主のカイゼル髭を模したようであった。昼の光を受けて鈍く反射するその紋章は、鋭い輪郭を際立たせ、深い影の中でも威厳を失わない。門の前に立つ者は、ただその存在感に圧され、胸の奥に重みを覚えるだろう。
風が街路樹を揺らし、葉の影が門扉に細かな模様を描く。その一瞬の揺らぎさえ、邸宅の静謐な空気を乱すことなく、むしろ威厳を際立たせる装飾のように見えた。
真昼の陽光はなお強く、邸宅全体を金と影の織物で包み込む。それはただの建築ではなく、ひとつの時代を象徴する舞台のように佇み、訪れる者に未来への予兆を静かに囁いていた。
レオンの隣で、赤髪を風にはためかせながらエルザが小さく息を吸った。その瞳は鋭く屋敷を見渡し、声は冷たい空気を切り裂くように響く。
「相変わらず……手入れが行き届いているわね。辺境伯様らしいというか」
その言葉に応じるように、リリスが口元を緩めた。紫のショートヘアは陽光を跳ね返し、金の瞳がいたずらっぽく細められる。
「派手すぎず、質実剛健。だが目は喜ばせる。あの人の趣味だよねぇ」
リリスの軽やかな声は、重厚な門扉の前に小さな風のような揺らぎをもたらした。
控えめに微笑んだセシリアの金髪は、冷たい風の中でも柔らかく揺れる。純白の神官服は屋敷の佇まいと調和しながらも、雪解けの光のように静謐で、その姿はまるで祈りの象徴がそこに立っているかのようだった。
そして最後に、一歩遅れてカインが立ち止まる。銀髪が淡い白光を受けてきらめき、青の瞳は冷静に門扉の細部を確認していた。
その手に握られた漆黒の杖には、エルディア魔塔国で新たに得た“エクリプス・コア”が収められている。球体の内部にまたたく魔力の粒は、まるで呼吸するかのように脈動し、今もなお新たな知識を欲しているかのように、淡い光を放っていた。
その瞬間、屋敷の前に立つ一行は、光と影の交錯の中でひとつの絵画のように佇んでいた。
赤髪は炎のように、紫の髪は影のように、金髪は雪のように、銀髪は氷のように輝き、それぞれの瞳が未来への異なる色を宿していた。
重厚な門扉は沈黙を守りながらも、レオンたちの存在を映す鏡のように立ちはだかり、その場の空気は、次なる試練の予兆を静かに告げていた。
レオンが軽く顎を引き、黒鉄の門へと歩み寄った。
昼の光を受けて門扉の装飾は鈍く輝き、その影は石畳に長く伸びていた。その瞬間、影の奥から音もなく従僕が現れる。まるで門そのものが彼を生み出したかのように、静謐な気配を纏っていた。
従僕は深々と頭を下げ、声を落ち着いた調べで響かせる。
「冒険者パーティ《聖鎧の座標》の皆様でございますね。辺境伯様がお待ちでございます。どうぞお入りください」
その言葉は、門前の空気をわずかに震わせ、荘厳な屋敷の奥へと導く鐘の音のように広がった。
一瞬、仲間たちは互いに視線を交わす。
「……《聖鎧の座標》って呼ばれるの、久しぶりだな」
レオンが低く呟くと、リリスが肩をすくめて笑う。
「ほんとね。西の辺境や魔塔国じゃ、私たちのパーティ名なんて知られてなかったし」
エルザは赤髪を揺らし、わずかに口元を引き締める。
「王都ルミナスと、ここイェブールくらいよね。私たちの名が響くのは」
セシリアが静かに頷き、金髪を揺らす。
「けれど……こうして呼ばれると、やはり重みを感じますね」
その言葉に、カインの青い瞳が淡く揺れた。誇りとも、責務ともつかぬ光がそこに宿り、レオンたちの歩みを静かに支えていた。
レオンは藍の瞳に光を宿し、無言で頷いた。その姿勢は、確かな決意を映していた。
久方ぶりに響いた名は、レオンたちの胸に過去の長い旅路を思い起こさせ、同時に未来への重みを告げる呼び声となった。
そしてレオンたちは門をくぐった。
黒鉄の門が背後に静かに閉じると、その音は遠い余韻となって石畳に溶け、まるで一つの時代の扉が閉じられ、新たな旅路の幕が開かれることを告げているかのようだった。
陽光は屋敷の庭へと差し込み、緑の葉を揺らしながら、レオンたちの歩みを未来へと照らしていた。
前庭は静寂に満ちていた。
常緑樹は冬をものともせず深い緑を保ち、枝葉の隙間から射し込む陽光が、土と石畳にまだら模様の影を落とす。その影は風に揺れ、まるで時の流れを刻む砂時計のように、静かに形を変えていた。
季節の狭間――寒さと暖かさがせめぎ合う空気は、肌に張り詰めた感覚を寄せ、胸の奥に微かな緊張を呼び覚ます。
遠くで鳥の声が一瞬響き、すぐに沈黙に吸い込まれる。その沈黙は、訪れる者を試すかのように、前庭全体を支配していた。
やがて館の扉が開かれる。重厚な蝶番の軋みは低い音を響かせ、外界とは切り離された世界がそこに姿を現した。
白い大理石は冷ややかな光を返し、赤い絨毯は深紅の海のように広間を満たす。
壁一面に広がる古の戦場の絵画――筆致は力強く、荒々しい情景の中に帝国との国境の光景が幾度も描かれていた。
剣戟の閃光、兵の影、燃え立つ空。その絵はただの装飾ではなく、歴史そのものを刻み込んだ記憶の断片であり、館に足を踏み入れた者へ無言の問いを投げかけていた。
外の前庭が「静寂」を湛えていたなら、館の内部は「記憶」と「威厳」を湛えていた。光と影の境界を越えた瞬間、訪れる者はただの客ではなく、歴史の証人として迎え入れられるのだった。




