別れの鐘、試練の影
黒鉄の門の前に立つ一行を、リーネとローエル家の三兄が見送っていた。荘厳な門は、まるでここがひとつの時代の区切りであるかのように、静謐な空気を湛えている。朝の光が黒鉄の装飾に反射し、淡い輝きを散らしながら、別れの瞬間を荘厳に彩っていた。
リーネは最後に大きな笑顔を見せて、眼鏡の奥の瞳を強く輝かせる。
「みんな、必ずまた会うんだよ。あたしは研究で未来を切り拓く。だから……次に会う時は、もっとすごい魔道具を見せてやるから!」
その言葉は、朝光に照らされた玄関ホールに響き渡り、仲間たちの胸に確かな余韻を刻んだ。
青銀の髪が光を受けて揺れ、残された者たちの心には、熱血の研究者が放った約束の炎が、いつまでも静かに燃え続けていた。
その言葉は熱を帯びながらも、透明な芯を持ち、仲間たちの胸に確かな炎を残した。
レオンは深く頷き、藍の瞳に朝光を映す。
「必ず。……互いに、前へ進もう」
その声は海の底に眠る静けさを湛えながら、未来へと橋を架ける響きだった。
門がゆっくりと閉じてゆく。
重厚な鉄の音が、ひどく遠い響きを伴って広い空気に溶けていった。その余韻は、まるで鐘の音のように胸に残り、別れの瞬間を永遠の記憶へと変えていく。
リーネの姿は門の向こうに消えていった。だが彼女の声と瞳に宿る熱は、仲間たちの心に確かな灯火となり、これからの旅路を照らす羅針盤のように燃え続けていた。
ローエル家の屋敷から戻る道。
朝の光はすでに高く昇り、石畳の舗道に白い影を幾重にも交差させていた。その影は、まるで未来へと伸びる道筋を複雑に絡めるかのように、足元に網の目を描いていた。
レオンたちは歩きながら、次の目的地──アプリが示した“シィグルダ帝国領内の南側”について話題を移していた。レオンたちの声は、街路樹の葉を揺らす風に混じり、朝の静けさをわずかに震わせる。
リリスが眉を寄せ、金色の瞳を細める。
「よりによって、帝国の領内って……。いまシィグルダ帝国とアルヴァン王国って、かなり関係悪化してるんでしょ?さすがにお散歩気分で行ける場所じゃないわよね」
セシリアが深紺のローブを揺らし、静かに頷いた。
「帝国との摩擦は強まっていますね。神殿にも時折、国境付近の情勢の相談が持ち込まれるほどです」
その声は穏やかでありながら、確かな緊張を含んでいた。
エルザは腕を組み、赤髪を朝光に揺らしながら言う。
「……正面から入国するのは無理よ。検問が強化されているって聞いたわ」
「そもそも、どうやって国境を越えるのよ」
リリスの言葉が落ちると、空気は一層重くなった。
沈黙が落ちる。その沈黙は、ただの言葉の途切れではなく、未来の不確かさを映す鏡のようだった。
石畳に交差する影が、まるでレオンたちの胸に潜む迷いを形にしたかのように揺らめいている。
遠くで鐘の音が微かに響き、王都ルミナスの刻を告げていた。
だがその音は、レオンたちにとって旅立ちの緊張をさらに際立たせるものとなり、シィグルダ帝国へと続く道のりが、ただの地図上の線ではなく、試練の影を帯びた境界であることを静かに告げていた。
そのとき、カインがふとつぶやいた。銀の髪が朝光を受けて淡く揺れ、声は風に溶けるように低く響く。
「……オーケルベーレ辺境伯ならば、あるいは」
その名を聞き、レオンはわずかに目を細めた。藍の瞳に影が差し、過去の記憶が静かに呼び起こされる。
「オーケルベーレ……メルセドーラ辺境伯。確かに、シィグルダ帝国との国境に一番近い領主だ。俺たちとも縁がある」
エルザが腕を組み、赤髪を揺らしながら思い返す。
「そうね。領都イェブールにいたとき、何度も兵の編成を見たわ。帝国領に向かったこともあったはず」
リリスは肩をすくめ、金色の瞳を細める。
「その兵たちってシィグルダ帝国と戦っていたんじゃないの?そんな相手に、“敵国にこっそり入る方法を教えてください”って聞いて、教えてくれると思う?」
「まあ……確かに」
セシリアの声にも、少しずつ重さが混じる。深紺のローブが風に揺れ、その言葉は静かな鐘の音のように広間へ落ちた。
レオンは歩みを止め、振り返った。石畳の影が交差し、レオンの背を長く伸ばしていた。
「……今のシィグルダ帝国とアルヴァン王国の関係を思えば、簡単ではない。オーケルベーレに相談したとしても、やれることは限られるだろう」
その言葉は冷たい現実を突きつけるように響き、仲間たちの胸に重く沈んだ。
カインは沈黙し、青い瞳を伏せる。エルザは険しい表情のまま視線を落とし、拳を固く握る。リリスも軽口を封じ、唇を噛んだ。
朝光はなお高く昇り、石畳に交差する影は複雑に絡み合う。その影は、レオンたちの胸に潜む迷いと不安を映すかのように揺らめいていた。
風が一瞬止み、街路の静けさがレオンたちの沈黙をさらに際立たせる。
まるで、次なる旅路が試練の影を帯びて迫っていることを、この街そのものが告げているかのようだった。
どこかで風が吹き抜ける音がした。
道の木々がざわめき、枝葉が重なり合って薄い影を揺らす。その影は足元で震え、まるで未来の不確かさを映すかのように、形を定めずに揺らめいていた。
「……もしかして」
リリスがぽつりと呟く。金色の瞳は細められ、声は風に溶けるようにかすかだった。
「次の目的地が“帝国領内の南側”っていうのは、つまりもう──」
誰も続きを言わない。だが、誰もが同じ考えに行き着いていた。
たとえオーケルベーレに相談したとしても、状況が動く保証などどこにもない。むしろ、ほとんど不可能と言っていい。
沈黙が落ちる。その沈黙はただの言葉の途切れではなく、重く澱んだ空気となってレオンたちの胸に広がった。
希望の光がじわりと薄れていくのを感じながら、誰もが言葉を失う。
朝の陽射しはなお高く昇っていたが、その輝きはどこか遠く、届かぬもののように思えた。
そしてシィグルダ帝国の領内の南側に行くのは無理ではないかという暗い雰囲気が、ゆっくりと一行を包み込んでいった。
風が再び木々を揺らし、影が震える。その揺らぎは、レオンたちの胸に潜む迷いと不安を映す鏡のように、静かに震え続けていた。




