黒衣の当主と銀髪の娘-2
──静寂。
その瞬間、室内の空気はさらに張り詰め、誰もが息を潜めた。
セドリックは書簡を読み始める。その視線は一行たりとも無駄にせず、書かれた文を掬い取り、そして深く飲み込んでいく。読み進めるにつれ、眉間にはわずかな影が落ちる。だが感情を外に漏らすことは一切なく、ただ沈黙の中に思考の波が広がっていった。
レオン、エルザ、リリスはその様子を静かに見守る。セシリアは胸元でそっと手を組み、祈りのような仕草で場を支えた。カインは硬い表情のまま、父の指先の動きひとつにさえ視線を注ぎ、銀髪が炎の揺らめきを受けて淡く光った。リーネは緊張のあまり落ち着かなげに膝の上で指を動かし、小さく息を吸っては吐き、まるで心を整える術を探しているかのようだった。
やがてセドリックは書簡を最後まで読み終え、ゆっくりと紙を閉じた。その音は、応接間の静寂にひとつの区切りを刻む鐘のように響いた。
しばらく視線を落としたまま、胸の内でいくつかの思考を整えているようだった。その姿は、長き歴史を背負う者が未来を見据えるために、深い水底から答えを掬い上げようとしているかのように見えた。
長兄アレクシスは、その沈黙の重さを理解しつつ、妹へわずかに目を向けた。眼鏡の奥に光る瞳は冷徹な理知を湛えながらも、氷の下に流れる水のように、安堵の色を隠しきれなかった。
セラフィンは椅子の背にもたれかかることなく、姿勢を正したまま父の言葉を待っていた。その姿は、戦場で敵を待ち受ける騎士のように揺るぎなく、広間の空気をさらに張り詰めさせていた。
ノエルは穏やかな微笑みを浮かべたまま、妹がどれほど困難な旅路を経てここまでたどり着いたかを想っていた。その瞳には、知識を追い求める者の静かな情熱と、家族を慈しむ温もりが重なっていた。
数秒、あるいは数十秒──しかし永遠にも似た沈黙が続いたのち、セドリックはようやく視線を上げた。
浅く息を吐き、そしてレオンたちを見回す。その瞳は鋼のように冷たく、同時に深い湖の底に潜む柔らかさを含んでいた。
「……よく、無事に戻った」
その声は厳しさを帯びているはずなのに、妙に柔らかな響きを含んでいた。燭台の炎が揺れ、石造りの広間にその言葉が反響する。まるで長き沈黙を破る鐘の音のように、重く、しかし温かく響いた。
「エルディア魔塔国での一連の事件は、書簡の内容から推し量るに、決して小さなものではなかった。塔家内部の問題、ローデリックの暴走、シィグルダ帝国との密約……そこに巻き込まれたお前たちが無傷で戻ってきたこと自体、容易ではない」
セドリックは手に持った書簡を軽く叩き、重厚な声を続ける。
「特に──」
言葉がわずかに間を置いた。その間は、広間全体をさらに沈黙で満たし、誰もが次の言葉を待つしかなかった。
「……カイン」
呼ばれた名に、カインはわずかにまつ毛を震わせながらも、目をそらさず父を見た。銀髪が炎の揺らめきを受けて淡く光り、冷たい瞳の奥にわずかな緊張が走る。
「お前が今回の騒動で、レオンたちとともに的確に状況を判断し、仲間の力を引き出し、エルディア魔塔国にとって、大きな助けとなったことは、ここに明記されている」
カインは沈黙を保った。しかし、その手はほんの少しだけ膝の上で強く握られていた。その仕草は、氷の表面に走るひびのように、彼女の心の奥をわずかに覗かせていた。
セドリックは書簡を丁寧に卓上へ置き、姿勢を正した。そして──応接間に集まったすべての者を見渡し、はっきりと言葉を置いた。
「……まずは、よくぞ。エルディア魔塔国から無事に戻ったことを、労っておく」
その言葉は、冷たい石造りの広間に温もりを灯す炎のように広がり、緊張に縛られていた空気をわずかに解きほぐした。それは厳格な父の声でありながら、確かに家族を迎える者の声でもあった。




