倉庫街の夜、金貨は毒を孕む-2
――そのやり取りを、路地裏の陰から見つめていた影があった。
ひとりはラヴィ。
帽子のつばを指で押さえ、息を潜めている。その瞳は、夜の帳に差し込まれた記者の火種。好奇心と警戒心が、紙一重の距離で共存していた。
もうひとりはリリス。
彼女の金色の瞳が、暗闇の中で猫のように光った。その光は、静寂の中で獲物を見定める者の、鋭くしなやかな意志だった。
「聞いた?あいつら、最初から詐欺目的だったわけね」
「聞こえてたよ。あーあ、折角の“特ダネ”かと思ったのに、ただの詐欺師か」
ラヴィは肩をすくめ、つまらなそうに小声で呟いた。
「エイザを中心に資金が流れてるって聞いたときは、てっきりシィグルダ帝国の魔導研究の資金ルートかと思ったけど……」
ラヴィはメモ帳を手に取り、ため息をついた。
「どうやらただの三文芝居みたいね」
「でも、どうする?」とリリス。「放っとくの?あのヘレンって人、完全に騙されたままだよ」
ラヴィは口を尖らせた。
「そうは言っても、私の興味は“研究ルート”なの。スクープになるのはそっち。詐欺事件なんて下っ端記者に任せる話よ」
「ほんっとにマイペースなんだから」
リリスは呆れたように笑い、壁に背を預ける。その笑みは、夜の冷気に溶ける風のように、軽やかで鋭かった。
「でも、レオンたちが黙ってないと思うな。特にセシリアは、こういうの見過ごせないタイプでしょ」
「……まぁね」
ラヴィは少し思案し、路地の奥に視線を投げた。そこには、暗闇に紛れて待機しているレオンたちの姿があった。
レオンは腕を組み、静かに倉庫を見つめている。藍色の瞳が、夜の光を受けて一瞬だけきらりと光った。その光は、剣よりも鋭く、静かに真実を射抜いていた。
エルザはその隣で無言のまま剣の柄に手を置き、警戒を緩めない。その姿は、夜の獣のように沈黙をまとっていた。
カインは冷静に杖を持ち、周囲の魔力の流れを測っていた。エクリプス・コアの球体が、夜の呼吸に合わせて微かに脈打っている。
セシリアはローブの裾を押さえながら、遠目に倉庫の入口を見つめている。その眼差しは、祈りと決意のあいだに揺れる灯火のようだった。
全員が、息を合わせるように沈黙していた。その沈黙は、嵐の前の静けさではなく――正義が形を持つ前の、深い呼吸だった。
「レオン」
ラヴィがレオンの元に歩み寄る。
「見たでしょ?ただの詐欺よ。シィグルダ帝国の魔導研究には関係なさそう」
レオンは短く頷いた。
「確かに、今の話では研究資金の流れは見えない。だが、金の出所と行き先は記録しておくべきだ。詐欺とはいえ、金の動きには必ず裏がある」
「真面目ねぇ」
ラヴィは笑ってみせたが、レオンの目は真剣だった。
「詐欺であれ、罪であれ、人が絡む以上、それはどこかの誰かの“意思”の結果だ。軽んじるべきじゃない」
エルザが言葉を継ぐ。
「ヘレンを放っておくのは後味が悪い。助けたところで、私たちに得があるわけじゃないけど……見過ごす気にもなれない」
カインは肩をすくめた。
「合理的ではないけど、放っておけば面倒になるかもしれない。騙された金がどこかで別の目的に使われる可能性もある」
セシリアは静かに頷く。
「誰かが傷つくとわかっているなら、見過ごせません。神官としても、人としても」
ラヴィはその言葉に苦笑した。
「まったく……あんたたちって、ほんとに正義感の塊ね」
ラヴィは帽子を押さえ、夜風に揺れる髪を直した。
「私は、スクープの本命以外は関心がないって言ったでしょ?」
レオンは黙ってラヴィを見つめる。その視線は、言葉よりも深く、静かな信頼を含んでいた。
「けど、まぁ……そうは言っても、これはほおっておけないね」
ラヴィは口元を上げ、指先でペンをくるりと回した。その動きは、物語の始まりを告げる合図のようだった。
「――あんたたち、やっておしまい」
その言葉とともに、街の遠くで魔導塔の鐘が静かに鳴った。
夜の帳がさらに深く落ちる中、誰もその先を知らぬまま、物語は静かに、その一歩を踏み出した。




