カフェの午後、真実はまだ遠く-1
昼下がりの光は、冬のくせにやけに柔らかかった。
冷たいはずの空気が、どこか春の予感を含んでいるようで、石畳の街路に落ちる影も、角を丸めていた。
エルディア魔塔国の首都リオフェール――その南区にある小さなカフェ《モルグの羽根》は、まるで時間の流れから切り離されたように静かだった。
通りに面した外壁は淡い灰色。扉の上には黒い鉄の看板。羽ばたく鳥の意匠が刻まれ、その下に古い活字体で“モルグの羽根”と書かれている。まるで、空を飛び損ねた記憶が、そっと羽根を休める場所のようだった。
扉を押すと、鈴の音が一つ、ひやりとした空気を震わせた。
店内には、深煎り豆の香りと、遠くで焙煎機が鳴る金属の音。窓際に置かれた観葉植物の葉が、冬の光を透かして薄い影をテーブルに落としていた。その影は、静かな会話の余白のように、揺れながらそこに在った。
「ここよ、ここが例のカフェ!」
ラヴィーレ・ナインズ――皆からはラヴィと呼ばれるその若い新聞記者が、わずかに背伸びをして、店の奥の席を指さした。
栗色の髪が跳ね、帽子のつばの影から琥珀の瞳が光る。肩に下げた荷袋は今日も重そうで、まるで取材ノートのほかに、世界中の噂話まで詰め込んでいるかのようだった。その姿は、静かな店内に差し込まれた熱のように、軽やかに跳ねていた。
「ふむ……落ち着いた店だな」
レオンが低く呟く。
藍色の旅装の裾を払って椅子に腰を下ろすと、視線を店全体へと滑らせた。レオンの眼差しは、戦場で敵陣を見渡すように冷静だった。
向かいに座るカインが、無言のままエクリプス・コアを膝に立てている。杖の透明な球の中で、魔力の粒がゆらゆらと浮かんでいた。その光は、静かな水面に落ちた星屑のように、脈打っていた。
「ま、せっかくだしコーヒーぐらい頼もうよ」
軽口を叩いたのはリリスだった。紫のショートヘアが陽に透け、猫のような金の瞳が細められる。その瞳には、どこか楽しげな光が宿っている。
「どうせ張り込みなんだから、退屈な顔してたらバレるって。あたしが注文してくるね」
「待ちなさい、リリス。まだ――」
エルザが制止するより早く、リリスはもうカウンターへ向かっていた。黒いレザーの装束の裾が軽やかに揺れ、腰の短剣が小さく鳴った。その音は、静かな店内に差し込まれた風のようだった。
「……まったく。あの調子じゃ記者より盗賊の方が向いてるわ」
カインがため息を洩らすと、セシリアが穏やかな笑みを浮かべた。
「でも、あの子がいると空気がやわらぐでしょ?緊張しすぎてもいい結果は出ませんから」
「それは……否定できないわね」
ラヴィはというと、すでにテーブルに広げたメモ帳に何かを書き込んでいる。ペン先が紙を走る音が、焙煎機の金属音に混じって微かに響く。
「えっとね、今から来るの。彼――エイザって名前。白い服を着てる、やけに軽そうな顔の男よ。昨日もここに来てたの」
「その“誰か”ってのが、例の資金流出に関係してる可能性があるんだろ?」
レオンの言葉に、ラヴィは勢いよくうなずいた。
「そう!でも相手の顔は見えなかったの。だから今日は現場で突撃取材するのよ!」
「突撃……?」
エルザが眉をひそめる。
「まさか直接話しかけるつもりじゃないだろうな」
「もちろんチャンスがあれば話しかけるわ。だって、見てるだけじゃ記事にならないもの!」
「……話を聞けと言っても、彼女は聞かないわよ」
カインが淡々と呟く。
セシリアは苦笑しながら紅茶を口にした。
「記者魂って、勇気と無鉄砲の境界を曖昧にするのね」
ラヴィはそんな言葉を背に受けながら、テーブルの向こう側の人々を観察していた。その瞳は、琥珀の光を宿しながら、静かに跳ねていた。まるで、冬の光の中に差し込まれた一滴の熱。その熱が、やがてこの静かなカフェに、物語の火種を落とすことになるとも知らずに。
昼の光が斜めに射し込み、カップの縁が微かに輝く。その光は、冬の空気を透かして、静かに店内を撫でていた。まるで、時間の流れが一度だけ緩やかに呼吸をしたかのように。
その光の中で、扉が再び開いた。




