焚火の揺らめき、交わらぬ信念
夜の帳が降り、森の静寂が広がる。
焚火のはぜる音が、先ほどまでの激戦の余韻をかき消すように響いていた。
レオンたちとブラッドレイヴンは、ブラッドベアを始めとした多くの魔物との戦闘を終えた後、近くの開けた場所で野営の準備を整えていた。
焚火の炎が、ゆらゆらと揺れながら周囲を淡く照らし出す。
夜空には無数の星が瞬き、遠くではかすかな魔物の鳴き声が低く響き、静けさをかき乱すようだった。
そして焚火の光が、赤黒い魔物の血に濡れたヴォルフガングの剣を照らし、不気味な光を放っていた。その剣を見つめるヴォルフガングの目には、冷徹な信念と揺るがぬ覚悟が宿っているようだった。
「……お前たちの戦い方、やっぱりどこかおかしいと思う」
レオンは焚火の向こう側で食事を取るヴォルフガングに向かって切り出した。その声にはわずかに苛立ちが滲んでいた。
ヴォルフガングは肉を串に刺し、火にかざしながら肩をすくめる。
「おかしい? 何がだ?」
「戦力の維持を考えずに、負傷者を放置するなんて、長期的に見れば自分たちの首を絞めるだけじゃないのか?」
レオンの声が少しだけ強まるが、ヴォルフガングは淡々とした表情でレオンの言葉を聞き流すように答える。
「戦場において重要なのは、常に最適解を選ぶことだ。負傷者に無駄なリソースを割くくらいなら、いずれ新しい戦力を補充すればいい。それがこの世界の在り方だ」
「つまり、仲間すら交換可能な駒ってこと?」
リリスが呆れたように溜息をつく。
「はぁ……そんな考えで、よくパーティをまとめられるね」
「まとめる?」
ヴォルフガングは薄く笑いながら肉を火から引き上げる。その笑みに冷徹さが滲む。
「俺は導くだけだ。従うに値しない者は去ればいい。アプリが導いた、最適解のパーティ、それが俺たちだ。無駄な情けや甘えは不要」
「選別思想……か」
カインが低く呟く。
「お前たちは、本当にアプリの意図を理解しているのか?」
ヴォルフガングの目が鋭くなる。焚火の明かりが、彼の険しい表情を赤く染めていた。
「どういう意味だ?」
カインは眉間にしわを寄せ、焚火の明かりに照らされたヴォルフガングをじっと見つめる。
「お前たちは『選ばれた者』だと信じているみたいだが、それを決めたのは誰だ? ただの魔導技術の産物だろう?」
「だからこそ、信じる価値がある」
ヴォルフガングは即答した。その声には迷いが一切なかった。
「人の曖昧な感情や偶然よりも、完璧な選別の結果を信じる方が合理的だ」
「完璧、か……」
マリオンが焚火の向こうから静かに呟く。
「だが、おぬしらのパーティも完全ではなかろう? 今日の戦いでも負傷者が出た。あれも計算のうちか?」
ヴォルフガングはマリオンに目を向けると、皮肉気な笑みを浮かべた。
「シグルドは軽傷だった。それすら致命傷にならなかったのは、彼が適切な判断をしたからだ。」
「その判断が一度でも狂ったら?」
レオンが問いかける。その声には微かな怒りが込められていた。
「それは……弱い者の自己責任だ」
ヴォルフガングは何の迷いもなく言い切る。
その言葉に、セシリアが静かに首を横に振る。
「でも、あなたの理屈では『より優れた者』が現れれば、あなたも不要ということになるわ」
ヴォルフガングは小さく笑った。
「その時は、俺もまた『淘汰』される側だ。強い者だけが生き残り、弱い者は消える。それが自然の摂理だろう?」
「しかしな……」
マリオンが口を開く。
「おぬしらの理屈は一見、理に適っているように聞こえるが、それでは『絆』というものが生まれない。私が戦場で学んだことは、一度築いた信頼は、数値では測れない強さを生むということだ」
「古い考えだな」
ヴォルフガングは冷たく言い放った。
「時代は変わった。俺たちは合理性に従い、最適解を追い求める」
「その『最適解』が、本当に正しいのかは、まだ誰にも分からないんじゃない?」
レオンが静かに言う。
一瞬、沈黙が広がった。
焚火の炎が揺れ、木々の隙間から冷たい夜風が吹き抜ける。
ブラッドレイヴンのメンバーも、それぞれの思いを抱えているようだった。
シグルドは腕の傷を軽くさすりながら、焚火の明かりを感情無くじっと見つめている。
ルガスは無言で槍の手入れを続け、フレイヤは静かにヴォルフガングの言葉を反芻しているようだった。そして、エレーナは一切興味がないとばかりに、目を閉じて休んでいた。
ヴォルフガングはじっと炎を見つめ、何かを考えているようだった。
しかし、彼はそれ以上何も言わず、やがて立ち上がった。
「そろそろ寝るぞ。明日も移動がある」
ヴォルフガングが命じると、ブラッドレイヴンの仲間たちは静かに頷き、それぞれの寝床へと向かった。
レオンたちもまた、自分たちの思いを胸に、夜の闇へと身を沈めた。
だが、レオンは気づいていた。
ヴォルフガングはこの議論を表面上は終わらせたものの、何かを考えていた。
そして、彼の中で何かが変わり始めているのではないか、と。
その夜、遠くで狼の遠吠えが響いた。
まるで、嵐の前触れのように——。